統合型プリント基板CADツールの運用方法 ――回路設計者とプリント基板設計者の共同作業を成功させよう!
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年間サポート・システム
筆者は以前,プリント基板CADツールの販売をなりわいとしていました.Windows版のCADツールの輸入販売が本格化して2~3年経ったころで,今から数えるとちょうど6~7年くらい前のできごとです.
当時,販売していたCADツールのメニューやヘルプが英語表示なので使いにくいという顧客の声が強く,これにこたえるために社内で日本語化するためのメニューとヘルプのデータを用意しました.そしてこれをユーザの方へ10,000円で販売することに決め,案内したところ,なんとすぐに約1,000個もの注文が飛び込んできました.
今から考えると,ちょうどそのころは,Windowsが本格的に普及し始めたころで,CADツールの分野でも急速にWindowへの移行が進み,製品がたいへんよく売れた時代でした.しかし当時はまだ,筆者らの販売戦略が確立しておらず,必死になって試行錯誤を繰り返していた時期だったので,1,000個もの注文にただ驚き,既存のユーザに対するリピート・セールスの重要性を痛感しました.そして次に考えたことは,1,000人のユーザに100,000円でサービスを買ってもらえれば,労せずにこの10倍もうかるということでした.そしてその後,この企てを実行に移しました.ただし,これが成功したかどうかについてはナイショです.
始めて間もない後発のCAD販売会社でもこのような調子ですから,ユーザ数のはるかに多い先発のCADベンダが,既存のユーザから収益を上げることを企てないわけはありません.そして現実にはこれが,年間サポートという形で実施され,多くのCADベンダの売上の50%以上を占めています.
年間サポートというのは,実際にサービスを提供する前に,約束するだけで売り上げが立つほんとうにおいしい商売です.しかも定価販売が定着しています.このため,CADベンダはあらゆる手練手管を使って,この既得権益を守ろうとします.
これにはまず,ユーザが他社製品に浮気しないことが前提です.このため,他社のCADツールで設計データを読まれないようにします.例えば他社のフォーマットを読み込む機能は用意しますが,他社のフォーマットまたは標準フォーマットへの書き出し機能は用意しません.また,他社がトランスレータを販売しようとすると,商標権とフォーマットの著作権を主張して阻止することを試みます.これらの努力は今のところ成功しており,CADツール間のデータの互換がとれないという,ユーザにとってはたいへん不つごうな状態が生まれています.
通常,CADを使って1年間しごとをすると,作成したデータの価格はCADツールの価格よりも高くなります.安価なCADツールの場合には,この現象が1ヵ月で起こります.ユーザはこの貴重な設計資産を生かすためにも,おいそれと他社のCADツールに乗り換えることはできません.
そして,ユーザを広範囲にサポートすることにより,依存度を高めることも効果的です.もちろん,ユーザにとって有用なサービスですが,有用であればあるほど,そのCADベンダから離れられなくなります.立ち上げ初期の技術サポートやソフトウェアのアップデート・サービスはもちろんのこと,システムの構築や運用,ライブラリの作成,ときには設計実務など,ユーザ側のしごとの範囲にまで立ち入ってサポートします.ここまでくると,ユーザは他社に乗り換えることが不安になります.
ほかにもCADツールを乗り換えにくい理由はいくつかありますが,この二つの方法によるユーザの抱え込みは,CADベンダのもくろみどおり,成功しているように見えます.
いろいろと売り手側の手の内を明かしてしまいましたが,筆者には,このようなCADベンダの術中にはまり,縛り付けられているユーザがあまりにも多いように思えてなりません.双方,利害が一致している場合は問題ありませんが,しょせん売り手と買い手の関係ですから,利害が対立することもあります.このような場合,CADベンダの言いなりになることだけは避けたいものです.