携帯電話に搭載される「D級アンプ」 ――LCフィルタが不要で高効率
●スピーカに方形波を印加したときの影響
オーディオ機器を設計するとき,スピーカに矩形波を印加するのは適切ではないとされてきました.波形の振幅が十分に大きく,方形波の周波数が数十kHzとスピーカが動作する帯域内の場合,方形波がボイス・コイルの空隙を越え,ボイス・コイルを損傷することもあります.しかし,スピーカのコーンの動きは1/f2に比例するため,オーディオ帯域以上となる250kHzのスイッチング周波数では,ボイス・コイルを損傷することはありません.ボイス・コイルが高周波のスイッチング電流によって生じた熱を処理できない場合,損傷が起こり得ます.この問題は,スピーカの消費電力を算出することによって検証できます.出力トランジスタのON抵抗(rds(on))がシステムにおける損失を発生すると考えた場合,本ICの8Ω負荷時の最大理論効率は式(1)のようになります.
ON抵抗(rds(on))=0.59Ω(データ・シート上で規定)
効率(理論値)=RL/(RL+2rds(on))×100%
=8/(8+1.18)×100%=87% (1)
実測による最大出力電力は,3.6V電源の場合,約700mWです.したがって,この最悪条件における全体の供給電力理論値P(total)は式(2)のようになります.
P(total)=P0/効率=700mW / 0.87=805mW (2)
実験室で実測した総電力が832mWで,8Ωのスピーカを使用した場合の効率は84%でした.rds(on)で消費する以外の電力は,実測電力から論理値電力を引くだけで計算できます.
そのほかの損失=P(total)(実測値)-P(total)(理論値)
=832-805=27mW (3)
電源電圧が3.6Vのときの無信号入力時の電源電流は,実測で2.8mAです.この電源電流は,デバイスの残りの全損失(バイアス損失)とスイッチング損失の合計であると仮定できます.さらに,これ以外の残りの電力はスピーカで消費されると仮定でき,式(4)によって計算できます.
P(dis)=27mW-(3.6V×2.8mA)=17mW (4)
以上の計算が,700mWを出力した最悪条件下でのスピーカの電力損失になります.17mWはスピーカに供給した電力のわずか2.4%であるため,実際にスピーカで消費される電力は比較的小さいものであると結論づけられます.この電力消費はほとんどのシステムのサラウンド・スピーカの仕様を十分に満足します.なぜなら,スピーカの電力定格が,一般にクリッピング波形を起こす電力で定められているからです.