ポストPC時代のキーワード「エンベデッド」のすべて ――転換点はカー・ナビゲーション・システム
●ハード・リアルタイムとソフト・リアルタイム
当時,「人間がコンピュータの応答時間に我慢できるのは3秒以内」という定説が存在していたが,制御系リアルタイム・システムにおいては「数msあるいは数百μs以内に,決められた処理を完了しなければならない」という厳しいミッションが課せられている.なるべく早く終わらせるのではなく,必ず決められた時間以内に処理を終わらせなければならないのである.
前述の制御系組み込みシステムは,このようなものばかりである.たとえば,飛行機の姿勢制御装置が「なるべく早く姿勢を立て直せばよい」という仕様で開発されたとしたら,強い横風が吹いてきて飛行機が決定的にバランスを崩し,それからノコノコとシステムが応答を開始したり,じつは立て直しが不可能であったり,乗客に怪我人が続出するなど,致命的な事故になりかねない.
こうした要求仕様が厳しいシステムのことを「ミッション・クリティカルなシステム」といい,また厳しいリアルタイム性が求められることから「ハード・リアルタイム」システムともいう.これに対して人間ががまんできる範囲でなるべく処理を終了させようといったものは「ソフト・リアルタイム」という(表1).
〔表1〕ハード・リアルタイムとソフト・リアルタイムの分類
ハード・リアルタイム・ アプリケーション例 |
ソフト・リアルタイム・ アプリケーション例 |
PBX ルータ 伝送装置 ATMスイッチ 航空機自動操縦装置 人工衛星 ロケット制御装置 NC工作機械 ロボット 自動車エンジン制御装置 自動車ABS カーナビ 道路信号機 エレベータ 医療機器 アミューズメント・マシン etc. |
携帯電話 |
●リアルタイムOSが組み込みに利用される下地が整った
こうしたハード・リアルタイムのアプリケーションを実現するために,リアルタイムOSが好んで採用された.
リアルタイムOSというとITRONに代表されるような小型でROM化が可能なOSを連想するが,もともとは組み込み特有のものではなく,大型コンピュータやミニコンピュータのOSとして確立されたものである.大型コンピュータで使うリアルタイムOSは,情報処理のためのアプリケーションを対象としたものではなく,航空宇宙や製鉄所の溶鉱炉制御システムなどのハード・リアルタイム・システムを対象に開発された.
マイクロプロセッサが32ビット化され,メモリの容量が大きくなるにつれて,もともと大型コンピュータやミニコンのOSであったリアルタイムOSが,ROM化を前提として小型化されたのである.