ポストPC時代のキーワード「エンベデッド」のすべて ――転換点はカー・ナビゲーション・システム
6.TCP/IPなどのプロトコルをサポートする
μITRON4.0仕様は,従来のリアルタイム・カーネルを中心にした仕様策定から一歩前進して,OSを取り巻く環境を意識した標準化を目指して1999年に公開された.
これは,ディジタル家電を中心とした組み込みシステムの大規模化・複雑化にともない,ミドルウェア(ソフトウェア部品)との統合を考慮したためだ.
従来のμITRON仕様は,細部の実装を各OS作成者に任せているところが少なくなかった.このため,ソフトウェア部品の流通性を高めるには実装方法の規定も必要となってきた.μITRON4.0仕様では,アプリケーションの移植性を向上させるために標準的な機能セットを厳格に定めた「スタンダード・プロファイル」の規定や,複数のリアルタイム性を持ったソフトウェア部品を併用するための枠組みなどが規定された.
実際,今日の家庭用/インターネット用/携帯用端末といったディジタル家電の進歩は,パソコンでできることは何でもやってしまおうという勢いである.リアルタイムOS上で使えるミドルウェアまでそろっていないと,結局のところ採用しても開発期間の短縮につながらない.それでは市販のOSを採用する魅力が半減してしまうのである.
●組み込みTCP/IPと組み込みJava
ITRON専門委員会では,ミドルウェアまでを視野に入れた標準化活動のなかで,ディジタル家電では必須となってきた特定ミドルウェアについて仕様を公開している.それらの仕様には,TCP/IPプロトコル・スタックのAPIとJTRON(Java 実行環境)がある. ワークステーションやパソコンに実装されているTCP/IP,とくにそのAPIとして広く使われているソケット・インターフェースは,小規模な組み込みシステムに使うにはオーバヘッドが大きい.レイヤ間でのバッファのコピーが多数行われたり,プロトコル・スタック内で動的メモリ管理が必要になったりするなどの問題があり,小型の組み込みシステムに適さないのである.
ITRON TCP/IP API仕様は,コンパクトで効率のよいTCP/IPプロトコル・スタックを実現するために策定された.この仕様は,Embedded TCP/IP技術委員会という分科会によってあらかじめ策定され,その後ITRON専門委員会に認定され,1998年5月に公開された.
今後も,インターネットに接続する新しいディジタル家電が,次々とリリースされることはまちがいない.組み込みTCP/IPは,リアルタイムOSの標準機能になっている.現在はもっと上位のミドルウェアの提供合戦となっており,特定の技術をもったミドルウェア・ベンダが組み込み市場に参入してくることはまちがいない.携帯電話にMP3プレーヤが実装されたのはつい最近のことであるが,MPEG-4の動画ストリーミング・データを受信する機能なども,もう具体化の段階にきている(図5).
自動車においても車内LANの導入が進んでいる.重量が重く,保守性の悪いワイヤ・ハーネスの代わりに車内LANですっきりとした配線が行える.たとえば国産高級車に採用されているような,カーナビと連動してカーブの手前で適切な減速を行うブレーキング・システムなども構成しやすくなる.カーナビをホスト・コンピュータとして車内をネットワーク化し,アクティブに安全性を高めるシステムが開発されていくことであろう.
接続形態もワイヤード/ワイヤレスを問わずに多様化している.パソコンとの接続といえばプリンタなどの周辺機器がもっとも想像しやすいが,それ以外のディジタル家電においてもパソコンとの接続や同期ができるものが一般的だ.LAN,ワイヤレスLAN,USB2.0,IEEE1394,さらにはBluetoothを経由して,パソコンあるいはディジタル家電同士が接続される機会も増えてくる.
こうしたI/Oデバイスのためのデバイス・ドライバもまた再利用性が高いほうが望ましい.ITRON専門委員会でも,デバイス・ドライバ設計ガイドライン・ワーキンググループにおいてデバイス・ドライバや割り込みハンドラの標準化活動を行っている.
〔図5〕 つながる組み込みシステムの世界
ブロードバンドの時代がやってくると,いま以上にさまざまな「つながり」が可能になる.個人の生活や移動にともなう情報提供や快適さの向上が,ネットワークによってもたらされる時代になった.