ポストPC時代のキーワード「エンベデッド」のすべて ――転換点はカー・ナビゲーション・システム
●家電製品を対象に仕様が策定されたITRON
VxWorksなどの市販リアルタイムOSが普及し始めた1984年に,TRONプロジェクトの一環として組み込みシステム用の標準リアルタイムOS,ITRON (http://www. itron.gr.jp/home-j.html)の仕様策定が開始され,1987年に ITRON1の仕様が公開された.
▼カーネルの仕様に重点を置いて仕様を策定
ITRONはリアルタイムOSの製品名ではなく,標準仕様の名称である.今日では,それをもとに製品化されたITRON仕様のOSが,半導体メーカやソフトウェア・ハウスから数多く出荷されている.
1980年代に米国のOSベンダが中心に販売してきたリアルタイムOSは,航空宇宙や軍需向けの需要をベースに発展してきていた.このため,日本の家電製品には仕様面で適合しにくいところがあった.ITRONの仕様策定はカーネル仕様に重点を置いて行われ,小規模な組み込みシステムで,カーネル機能のみが利用されるケースを念頭において標準化された.ITRON1仕様は,最新のITRON4まで受け継がれ,リアルタイム・カーネル仕様の基礎になった.
▼μITRONおよびITRON2仕様を公開
1989年には,小規模な 8~16ビットのマイクロコントローラに適用するために機能を絞り込んだμITRON仕様(Ver. 2.0)と,大規模な32ビットのプロセッサに適用するためのITRON2仕様が公開された.μITRON2.0は,限られた処理能力とメモリしかもたない1チップ・マイコンでも搭載可能であり,さまざまな国産マイコンに実装された.
μITRON2.0は,32ビットCPUで搭載される適用例も出てくるほどの結果となり,1993年に公開された μITRON3.0では,8ビットから32ビットまでのスケーラビリティをもった仕様が策定・公開された(表5).
こうしたITRON専門委員会による継続的,献身的な活動の結果として,ITRON仕様のリアルタイムOSは実に多くの製品に採用された.前述のカーナビにも採用されているし,さらにハードなリアルタイム・システムとしては自動車のエンジン制御装置(燃料制御,点火制御)にも採用された(表6).
〔表5〕μITRON3.0仕様カーネルのおもな機能(ITRONホームページhttp://www.itron.gr.jp/home-j.htmlから引用)
タスク管理機能 | タスクの状態を直接操作したり,参照したりする機能. |
タスク付属同期機能 | タスク自身がもつタスク間同期機能. |
同期・通信機能 | タスクとは独立した同期・通信機能で,セマフォ,イベント・フラグ,メール・ボックスの三つ の機能が含まれる. |
拡張同期・通信機能 | タスクとは独立した同期/通信機能のうち高度な機能をもつもので,メッセージ・バッファ,ラ ンデブ・ポートの二つの機能が含まれる. |
割り込み管理機能 | 外部割り込みに対するハンドラを定義する機能. 外部割り込みの禁止/許可などを行う機能. |
メモリ・プール管理機能 | ソフトウェアによって,メモリ・プールの管理やメモリ・ブロックの割り当てを行う機能. |
時間管理機能 | システム・クロックの設定や参照を行う機能. タスクを遅延させる機能. 時間をきっかけに起動されるタイマ・ハンドラを扱う機能. |
システム管理機能 | システム全体の環境を設定したり参照したりする機能. |
ネットワーク・サポート機能 | 疎結合ネットワークの管理やサポートを行うための機能. |
〔表6〕ITRONの採用事例(ITRONホームページhttp://www.itron.gr.jp/home-j.htmlから引用)
AV機器, 家電 | テレビ,ビデオ,ディジタル・カメラ,セットトップ・ボックス,オーディオ機器,電子レンジ, 炊飯器,エアコン,洗濯機 |
個人用情報機器, 娯楽/教育機器 |
PDA,電子手帳,カーナビ,ゲーム機,電子楽器 |
パソコン周辺機器/OA機器 | プリンタ,スキャナ,ディスク・ドライブ,CD-ROMドライブ,複写 機,ファクシミリ,ワープロ |
通信機器 | 留守番電話機,ISDN電話機,携帯電話,PHS,ATMスイッチ,放送機器/設備,無線設備, 人工衛星 |
運輸機器,工業制御 /FA機器/設備機器, その他 |
自動車,プラント制御,工業用ロボット,エレベータ,自動販売機,医療用機器,業務用データ端末 |