iPhoneと組み込み技術で未来を考える(5)――「組み込みシステム」という視点で見たiOSの価値

久保田 直行

tag: 組み込み

コラム 2010年8月19日

 前回は,ワインバーグが議論してきた「システム思考」という視点(1)から,iPhoneと組み込みシステムについて考察してみました.前回に引き続き今回も,システムの「定義」という観点から,iPhoneやiPadと組み込みシステムの関係について考えてみようと思います.


 

コラム・シリーズ「iPhoneと組み込み技術で未来を考える」
第1回  見守りシステムやパートナ・ロボットはこう変わる
第2回  環境情報を取得・再構成してパートナ・ロボットを実現へ
第3回  組み込みシステムとフェイル・セーフ
第4回  「組み込みシステム」という視点
 


 

●ワインバーグの「法則保存の法則」とApple社

 スティーブ・ジョブズが復帰してから,Apple社の製品にはさまざまな革新が見られました.2007年にApple Computer, Inc.は「Computer」という言葉を外し,Apple, Inc.へと社名を変更しました.そして2010年,iPhone OSはiOSに名称を変更しました.定義そのものを拡張するにあたり,より汎化性の高い方向へ進化させることに成功しています.

 通常,機能や規格に合わせて名称が細分化されていくことは多いのですが,名称が統合,あるいは一般化されていくことは,珍しいと思います.

 言葉の定義を議論する上で役に立つ考え方として,ワインバーグの「システム思考」の中の「法則保存の法則」があります(1).法則保存の法則を,物理学の基本法則である「エネルギー保存の法則」を例に説明しています.

 一般にエネルギー保存の法則は,「ある系のエネルギーの総和は一定である」ということを意味します.ここで,この法則に関する実験を行った際に,実験の前と後で,計測されたエネルギーが変化したとします.この原因について検討してみると,実験を行った際に,「エネルギーの出入りがあった(仮説1)」ということを真っ先に思い浮かべます.次に,エネルギーの出入りがなかったと仮定すると,この実験では「エネルギー保存の法則が成立しない系であった(仮説2)」と考えられます.さらに,「計測が正確ではなかった(仮説3)」などと思い巡らし,何度も実験を繰り返し,それでも実験が成功しないのであれば, 法則そのものが間違っている可能性にたどり着きます.

 しかし,エネルギー保存の法則という理論的にも経験的にも役に立つ法則を放棄することは非常に残念です.そこでアインシュタインは,この実験結果が従来のエネルギーの定義にあてはまらないという仮説を立て,エネルギーの定義を拡張することにより,「エネルギー保存の法則」を保存することに成功したのです(図1).つまり,従来のエネルギー保存の法則が,「系の内部で,物質とエネルギーの間で変換がなければ」という前提条件が必要になるのに対し,これにあてはまらない「例外」を満たすようにエネルギーの定義を拡張するとともに,この前提条件をも取り外し,質量とエネルギーの等価性を導出したと述べています.


図1 「エネルギー保存の法則」の保存

 

 こうした知見に基づき,ワインバーグは「法則保存の法則」を提案し,私たちが経験的に正しいと思っている法則について,「ある事実が法則と矛盾する場合,その事実を拒絶するか,定義を変更せよ.決して法則を放棄するな」と述べています.以上のようにシステム思考は,さまざまなシーンで役に立つ考え方を与えてくれます.

 それでは,この「法則保存の法則」をApple社の戦略にあてはめてみましょう.

 Apple Computer, Inc.という社名は,iPodやiTunesのほか,iPhoneやApple TVを含む製品の枠に収まらなくなったから変更された,と報じられました.一般に,社名の変更は経営悪化や会社の統合の際に行われる場合が多いのですが,"Apple"というブランド・イメージの定義を拡張するために社名の変更が行われたという点が興味深いところです.

 また,iOSという名称は,iPad,iPhone,iPodというハードウェアとソフトウェアをシームレスに統合するモバイル・オペレーティング・システムという位置づけを明確にするために,変更されました.その一方で,フォルダやマルチタスキングなどの機能が追加され,Mac OS X本来の機能に近づいています.これは,何を意味するのでしょう.

 「ミドルウェア」の観点から考えてみようと思います.

●iOS向け開発では組み込み特有の苦労がほとんどない

 Apple社のiPhone 4についてのWebページでは,「Appleは,サード・パーティ・デベロッパに充実したツールとAPI(Application Programming Interface)のセットを提供し,世界中のデベロッパがそれを使い,モバイル・デバイスの概念を変えていくアプリケーションとゲームを生み出し続けています.(中略)iPhoneの優れたハードウェア機能をアプリケーションが最大限まで活用できるのは,この高いレベルでの一体化があるからです」と述べています(2).アラン・ケイは「ソフトウェアに真剣に取り組もうとするなら,独自のハードウェアを構築すべきだ」と述べており,この意味では,iOSの開発は,独自のハードウェアの開発と表裏一体となっています.

 本来,オペレーティング・システム(OS)は,ハードウェアを制御するための機能を果たすために設計されていますが,ミドルウェアは,オペレーティング・システムだけでは直接,実行が困難だったり複雑だったりする特殊な機能を実現するために開発されてきました.例えば,ネットワーク機能や画像処理機能などを使いやすくするため,オペレーティング・システムとは異なるレベルでミドルウェアが開発されました.そして最近では,ミドルウェアとして位置づけられてきたものが,オペレーティング・システムに次々と吸収され,オペレーティング・システムそのものが肥大化しています.

 このような肥大化の裏で,iOS SDKでは,Cocoa TouchやWebKitなどの優れたフレームワークが提供され,開発者にとって容易に開発しやすい環境が整ってきています.本来なら,ハードウェア内に組み込まれた各種デバイスに合わせて,「最低限の容量で最大限の機能を生み出すソフトウェア(ミドルウェア)を開発しなければならない」という,組み込みシステム特有の苦労がほとんどなく,アプリケーションを容易に開発できる環境であるがゆえに,Apple Storeでは,実用的な多くのアプリケーションが低価格で販売されています.

 「The computer for the rest of us」は,Macintoshを開発する際の初期のころのApple社のスローガンでした.今や,iPadにより,タッチ操作だけで直感的に操作できるようになり,iOS SDKにより,プログラミングの初心者でさえ,ちょっとしたアイデアで実用的なアプリケーションを生み出せるまでに至りました.さらに優れた点として,このようなタッチ・インターフェースを用いたアプリケーションやコンテンツの数が急増し,今までにほとんど存在しなかった新しい市場を築いていることが挙げられます.レイ・カーツワイルは,「革新的な技術の開発は,条件がそろわないと生まれない.アイデアは,皆持っている」と述べています(3)が,ジョブスは,技術がそろうまでは徹底的に否定する,という立場を取り続けています.iPadもその一つと考えられます.

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