iPhoneと組み込み技術で未来を考える(5)――「組み込みシステム」という視点で見たiOSの価値

久保田 直行

tag: 組み込み

コラム 2010年8月19日

●ユーザ要求に合わせる「ものづくり」とは別のアプローチ

 iPhone 4は,今回のアップデートで,フロント・カメラや3軸ジャイロスコープ,デュアルマイクなどを新たに追加しています.筆者はまだ,iPhone 4を入手していないので分かりませんが,無線センサ・ネットワーク・デバイスとしてとらえた場合,上記のセンサに加えて,GPS,ディジタル・コンパス,加速度センサ,環境光センサなどを用いてさまざまなデータを計測できます.また,サイズも非常にコンパクトなので,さまざまな場所に取り付けたり,移動ロボットに実装したりできます.

 iPadに実装されているセンサは,iPhone 3GSとほとんど同じですが,マルチタッチ・スクリーン上でのレスポンスの良さを考えると,可視化デバイスとしても活用できます(写真2).ここでは,ロボットに搭載されたカメラ画像を転送し,表示された画像を見ながら,遠隔操作が行える環境を構築中です.もちろん,タッチ・インターフェースのほか,加速度センサやディジタル・コンパスを利用して,パンチルト・カメラの姿勢を変更したり,情報の可視化をスムーズに行えるようにも拡張できます.


写真2  iPad上での情報の可視化と遠隔操作の例

 さて,多くの記事で述べられているとおり,iPhoneやiPadは,パソコンのようにソフトウェアの追加・更新が容易ですが,日本で流通する携帯電話の多くは,組み込みデバイスであり,ソフトウェアの追加・更新が困難です.一方,Androidはオープン・ソースであり,また,個人のパソコンとの同期を前提としないクラウド・コンピューティング・サービスに基づいています.

 最近では,Androidのシェアが増加するとともに,Androidに対応した組み込み用ミドルウェアの提供も増えています.また,Androidを搭載したネットブックが登場しつつあります.iOSは,Mac OS Xに基づいて設計されてきたのに対し,Androidは,逆にスマートフォンへの実装から始まり,組み込みデバイスやネットブック・パソコン用へと拡張されつつあります.Androidはオープン・ソースであるがゆえに,早い段階で,実用的なネットブック・パソコン環境が整うものと期待されますが,ユーザはいったいAndroidに何を期待するのでしょう.逆に,Androidの開発者は,ユーザに何を期待させたいのでしょう.単に,ネットブックやスマートフォンで用いられている従来のWindowsからAndroidへの置き換えを期待しているのでしょうか.

 Apple社のインダストリアル・デザイナであるジョナサン・アイブは,「形態は機能に従う」というバウハウス以来のモダン・デザインのアプローチの限界を感じ取り,「形態は,(ユーザがその製品に与える)意味に従う」というスタンスを採ってきたそうです(4).iPhoneやiPadのユーザは,まさにiOSとiTunes Storeの上で展開される多種多様なアプリケーションの中から各ユーザがiPhoneやiPadに見出す意味に従い,必要なアプリケーションをダウンロードし,自分自身の使い方を導いていくことができ,それを楽しんでいるように思われます.言い換えるならば,iOSというオペレーティング・システムと洗練されたインターフェースを提供するiPhoneやiPadのハードウェアの組み合わせが奏でる完成度の高さは,アイブが採るスタンスのもと,カーツワイルの考えに従い,ケイの概念を満たしつつあります.

 今まで,「iOSがほかのモバイル・デバイスで使えたら...」と何度か考えたこともありました.実際,このコラムを書きながら,iPhoneやiPadの各種要素技術とiOSを部分的に活用できれば,さまざまな可能性が広がるのでは,と何度も考えました.しかし,不必要なセンサをそぎ落とすことはできても,どのようなハードウェア・デバイスに適用可能なのかが思いつきませんでした.逆に,ニーズに合わせたモバイル・デバイスを開発するのであれば,Androidの方が遙かに開発が容易であるようにも思われます.iPhoneやiPadは,明確なニーズを与えることよりも,むしろユーザに使用することの可能性や使用することの意味を与えるデバイスであるように思われます.

 Apple社が述べる「モバイル・デバイスの概念を変えていく」という姿勢は,モバイル・デバイスの概念を拡張していくことにほかなりません.概念を拡張するということは汎化性が高くなることを意味します.今までは,モバイル・デバイスの定義やモバイル・デバイスに期待するものは千差万別であり,各ユーザが期待する機能やデザインを満たすことは容易ではありませんでした.しかし,Apple社のモバイル・デバイスの概念は,iPhoneやiPadを用いる個々のユーザが定義するモバイル・デバイスの概念をほとんど全て包括できるかもしれません.Apple社が提案する,さらなる「拡張」に期待します.


参考文献
(1) ジェラルド M. ワインバーグ;一般システム思考入門,紀伊國屋書店,1979年.
(2) Apple社のWebサイト,http://www.apple.com/jp/
(3) レイ・カーツワイル(井上,小野木,野中,福田 訳);ポスト・ヒューマン誕生,日本放送出版協会,2007年.
(4) 大谷 和利;Macintosh名機図鑑,枻出出版社,2008年.


くぼた・なおゆき
首都大学東京大学院 システムデザイン研究科 准教授


◆筆者プロフィール◆
久保田 直行.1997年,名古屋大学大学院工学研究科 マイクロシステム工学専攻 博士後期課程修了.博士(工学).1997年,大阪工業大学工学部 機械工学科助手,1999年,同講師.2000年,福井大学工学部 知能システム工学科助教授.2004年,東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻 助教授となり,2005年,首都大学東京システムデザイン学部 ヒューマンメカトロニクスシステムコース 准教授,現在に至る.その間,2002年から科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業研究員,2006年~2008年に同事業発展研究研究員兼任.2007年からポーツマス大学客員教授.2009年から韓国ソウル大学客員教授.

 

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