インテグリティな技術コラム(5) ―― 差動インピーダンス

碓井 有三

tag: 実装

コラム 2010年8月10日

 1本の線路の特性インピーダンスは定義も明確であり,間違って理解されることもありません.ところが,2本の線路の特性インピーダンスは,きちんと定義しておかないと間違って伝わったり,思わぬ疑問が生じたりすることがあります.筆者が講師を務めるセミナなどでも,必ずといっていいほど差動インピーダンスについての質問が出てきます.今回は基本に立ち返り,このテーマを掘り下げてみます.


コラム・連載「インテグリティな技術コラム」 バック・ナンバ
第1回  反射波形にはさまざまな情報が詰まっている
第2回  パルス幅によって変化するノイズの影響
第3回  ラプラス変換による分布定数の解
第4回  ラプラス変換からフーリエ変換へ


●1本の線路の特性インピーダンスを考える

 線路に信号が伝わるとき,電圧と電流がペアになって,波として伝わります.この波を「進行波」と呼びます.このときの電圧と電流の比が特性インピーダンスです.

 特性インピーダンスは,信号が伝わる材質と形状によって変わります.信号の伝わる周りの材質(「媒体」と呼ぶ)が均質の場合,媒体の誘電率の平方根に反比例します.均質ではない媒体,例えばプリント基板(以下,ボード)の表面層のように,下半分は誘電体で上半分が空気のような媒体では,樹脂と空気の中間の値を等価的な誘電率として用います.一般に使われるボードは,FR-4と呼ばれるガラス・エポキシ樹脂の基板です.比誘電率は4.3~4.7程度なので,この平方根はたかだか5%程度の差しかなく,通常は誘電率の違いを気にしなくてもよいでしょう.

 特性インピーダンスは,ボードの断面図を元にして求めます.接地面(Gnd:グラウンド,直流電源も接地面とみなす)からの距離(高さh)と,導体(パターン)の幅(W),および厚み(t)が主なパラメータです.図1に,これらのパラメータを変えたときの特性インピーダンスZ0を示します.


図1 線路定数と特性インピーダンス

 

 余談ですが,impedance(インピーダンス)は,足を表すpedに否定の接頭語imと名詞化の接尾語のanceが付いたものです.「歩くのを妨げる」というのが語源です.pedは自転車のペダル(pedal)や歩行者(pedestrian)の語の中に現れていますね.

●2本では極性によってふるまいが異なる

 さて,線路が2本になると特性インピーダンスはどのように定義すればよいのでしょうか.2本のうちの1本を考えると,他方の状態によって特性インピーダンスは変わってきます.両者が同じ極性の信号の場合と互いに逆極性の場合では,その値が異なります.同じ極性の場合,2本の線路間には電気力線が存在しません.逆極性の場合は多くの電気力線が存在します.電気力線は電流のようなイメージなので,同極性の場合にはインピーダンスが高く,逆極性の場合にはインピーダンスが低くなります.

 アナログ回路で,「ミラー効果」という言葉を聞いたことがあるかもしれません(Appendix 「ミラー効果」を参照).反転増幅回路において,入力と出力の間に,例えば微小のキャパシタが存在すると,等価的にゲイン倍の容量が見えるというものです.ゲインが1の反転増幅回路なら,入力と出力は互いに逆極性の電位となり,容量は2倍に見えます.容量ではなく抵抗なら,その抵抗が1/2に見えます.逆に,ゲイン1の非反転増幅回路なら,入力と出力は同電位となって,容量の場合も抵抗の場合もいずれも見えなくなります(開放に等しい).

 2本の線路が互いに逆極性ならゲインが1の反転増幅回路のようなイメージ,互いに同極性ならゲインが1の非反転増幅回路のようなイメージとなります.逆極性の場合はインピーダンスが低く,同極性の場合はインピーダンスが高くなります.前者をディファレンシャル(Differential)またはオッド(Odd=奇)のモード,後者をコモン(Common)またはイーブン(Even=偶)のモードと呼びます.

 この二つのモードは,2本の結合線路の波動方程式から導くことが出来ます.2本の結合線路の信号は,この二つのモードの組み合わせ(1次結合)で伝搬しています.3本線路なら三つのモードが存在し,4本線路なら四つのモードとなります.これらを解くのは,数学的には固有値を求めることになりますが,3本以上になると物理的な概念がイメージしにくくなるので,ここでは触れません.

 図2に,簡単な2本の結合線路において二つのモードの特性インピーダンスを解析した結果を示します.ZCはコモン・モードの特性インピーダンス,ZDはディファレンシャル・モードの特性インピーダンスを意味します.両者の関係は,常にZCZDです.ZCを2本の線路を接続した場合として,またZDを2本の線路間のインピーダンスとして表現することがあります.この場合,ZCZD(用いている記号は異なることがある)となるので,どちらの表現かは容易に気がつくはずです.


図2 2本の結合線路における特性インピーダンスの例

 

 「はず」と書きましたが,気がつかなくて,「何かおかしい」とずっと悩む方を少なからず見かけます.上記の不等号を見て判断してください.表1に2本の結合線路における二つのモードの特性インピーダンスの表現をまとめました.ZCおよびZDという場合には,例外を除いて1本当たりのインピーダンスを表しますが,他の表現では2本当たり,あるいは2本間のインピーダンスとする場合もあります.表1の値は,図2の線路の場合の例です.ZCZDの大小関係により判断してください.まれに,片方を1本当たり,他方を2本当たりとしていることもあるので,十分注意してください.

表1 2本の結合線路のインピーダンス

 

 2本線路の結合が強いほど,ZCZDの差(比といったほうが適当かもしれない)は開きます.両者間のクロストークの度合いを基礎クロストーク係数ξと呼びます.ξは,式(1)で定義されます.

     ......... (1)

 2本の線路の結合が強いとξは大きくなり,結合が弱いと小さくなります.ξ=0は,独立した2本の線路を意味します.

 なお,2本の結合線路のうち,1本だけが単独で存在する場合の特性インピーダンスZ0は,式(2)で表されます.

     ......... (2)

 従って,式(1)と式(2)から,ZCZDは,単独線路の特性インピーダンスZ0とクロストーク係数ξを用いて,

     ......... (3)

     ......... (4)

と表されます.式(3)および式(4)からも,ZCZDであることが分かりますね.

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