無償ツールで設計効率の向上を体験 ―― 配線レイアウトの電磁界シミュレーションを体験する

小暮 裕明

5.差動線路のシミュレーション

● 差動線路の特徴

 差動線路の配線構造は,図36に示すような3種類が代表的です.図の+,-記号は,互いに逆相の差動信号ペアを示しており,両面基板で互いに逆相の信号ペアを用いる線路を,差動(ディファレンシャル)ペア線路あるいはスタックト・ペア線路とも呼んでいます(6)


図36 差動線路の配送構造

 

 MSLは,帰路を共通のグラウンドとするシングルエンド信号伝送です.グラウンド幅が十分であれば往復の信号電流は逆向きで振幅が等しくなります.これをノーマル・モード電流といいます.信号線の電流と帰路の電流から放射される電磁波は互いに打ち消し合うので,不要ふく輻射は小さくなります.

 一方グラウンド幅が狭いMSLや,図36(a)のような差動線路の近傍に金属きょう筐体や別のグラウンドなどがあれば,これらと電磁界結合が生じることによって信号電流以外の電流が発生します.これがいわゆるコモン・モード電流です.信号線電流と帰路電流による電磁界は十分打ち消されないので,不要ふく輻射は大きくなります.

 またコモン・モード電流は,高周波になるとグラウンドの縁に沿って強い電流分布を発生させることもあり,EMI(電磁妨害)をさらに大きくする要因にもなります.

● 差動線路をモデリングする

 Sonnetで差動線路をモデリングするには,図37のようにポート番号を1と-1,2と-2のように設定します.図30のモデルを使い,ポート3にカーソルを合わせてダブルクリックして表示される画面で,3を-1に変更します(-2も同様に変更する).


図37 ポート番号を1と-1,2と-2のように設定する

 

 このモデルをシミュレーションしてポートの特性インピーダンスを表示すると,図38に示すように約94Ωになりました.図30の1本のMSLは,特性インピーダンスが50Ωですから,理論では100Ωになるはずです.しかし,差動線路はペア線の電磁結合が強いので,100Ω線路を設計するためには,配線路1本当たりのインピーダンスを50Ω以上にして補正する必要があります.


図38 ポートの特性インピーダンスを表示する

 

 試しに図37の線路をさらに接近させてみましょう.何Ωくらいになるでしょうか?

● 差動線路のメリット

 高速ディジタル回路のMSLが接近すると,前項で調べた望ましくないクロストークが発生します.しかし差動線路では,逆に線間の電磁結合がコモン・モード・ノイズを減らす役割を果たします.

 また図36(b)図36(c)のような差動線路構造は,2枚のグラウンドの効果によってコモン・モード成分が発生しづらくなります.しかしそれぞれの配線同士が接近すると相互の電磁結合が強くなるので,ビアによる低減を図36(c)のタイプに使用した例があります(7)

● 差動線路のSパラメータ

 差動線路は古くからある平衡線路方式ですが,この伝送はディファレンシャル・モードやコモン・モードというモード注10を考えるので,Sパラメータもこれに対応したモーダル(modal)Sパラメータまたはミックスト・モードSパラメータが使われます.一般のMSLなどは,ノーダル(nodal)SパラメータまたはシングルエンデッドSパラメータとも呼ばれます.

 ミックスト・モードSパラメータは,次のように記述されますが,これらはシングルエンデッドSパラメータから求められます.

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)
 ここでx,yはディファレンシャル・モードの時d,コモン・モードのときcと記述し,iとjはポート番号を表す.
 

 図30の4ポートのSパラメータから,図37の差動線路のディファレンシャル・モードの応答,Sdd11とSdd21が得られますが,SonnetではProfessional版(有償)の機能で対応しています注11.またMSLの基準インピーダンス注12が50Ωのとき,ディファレンシャル・モードのそれは100Ωであることを注意してください.

注10: 平行2線路の電圧をV1,V2,電流をI1,I2として,ディファレンシャル・モード電圧Vd,電流Idは,それぞれVd=V1-V2,Id=(I1-I2 )/2,コモン・モード電圧Vc,電流Icは,それぞれVc=(V1+V2)/2,Ic=I1+I2で定義される.ディファレンシャル・モードは差信号,コモン・モードは和信号を表す.

注11: Sonnet Professional版でミックスト・モードSパラメータのグラフを描く手順は次のWebページを参照.

注12: 基準インピーダンスは,Sパラメータを得るときの基準となるインピーダンスで,高周波では一般に50Ωが使われる.基準値が変わればSパラメータの数字も変わる.基準値で割ったインピーダンスを正規化インピーダンスという.


*    *    *

 電磁界シミュレータで解決すべき問題は,シグナル・インテグリティやパワー・インテグリティ,EMC,アンテナなどもありますが,誌面の都合で割愛しました.

 本章で扱った内容は,低い周波数の領域では取るに足らないことかもしれません.しかし高速・高周波化に対応した電子回路を設計するとなれば無視できないことばかりです.これを機会に,これからの電気技術者に必須となる「電磁気学」の攻略に真正面から取り組んでください.

参考・引用*文献
(1 )小暮裕明;電磁界シミュレータで学ぶ高周波の世界,CQ出版社,2007年(第7版).
(2 )小暮裕明;電磁界シミュレータで学ぶワイヤレスの世界,CQ出版社,2007年(第3版).
(3 )小暮裕明,小暮芳江;すぐに役立つ 電磁気学の基本,誠文堂新光社,2008年(初版).
(4 )市川古都美,市川裕一;高周波回路設計のためのSパラメータ詳解,CQ出版社,2008年(初版).
(5 )奈良茂夫,越地耕二;マイクロストリップラインコーナのカット形状と位相遅延時間の検討,pp.964-965,電気学会論文誌C,127巻6号,2007年.
(6 )小暮裕明;第1章 差動インターフェース活用のメリットを見る,pp.100-107,Design Wave Magazine,2005年9月号.
(7 )Shigeo Nara,Kohji Koshiji; Characteristics of Phase-delay Time on Meander Differential Signal Lines and a Shielded Meander Differential Signal Line, pp.217-220, Proceedings, 18th International Zurich Symposium on EMC,Munich,2007.

 

こぐれ・ひろあき
小暮技術士事務所・技術士(情報工学部門)
http://www.kcejp.com/
 

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