電磁界シミュレータ未経験者に「きっかけ」を与える導入書 ―― 『改訂 電磁界シミュレータで学ぶ高周波の世界』
『改訂 電磁界シミュレータで学ぶ高周波の世界』 |
普段,高周波を開発業務として扱っている評者にとって,マイクロ波のシミュレータはとても身近な存在です.それまで経験による試行錯誤に依存していた高周波の回路設計は,マイクロ波のシミュレータの導入によって大きく様変わりしました.マイクロ波のシミュレータのうち,とくに電磁界シミュレータはより精度の高い結果を与えてくれます.事前にパソコン上で設計した回路パターンをそのまま作って実測すると,ほとんど同じ結果が得られるからです.
●間違った認識をもとに高周波商品を設計しているケースも
本書は,電磁界シミュレータを使った経験がない人のための導入書となっています.各所でグラフィカルな計算結果を提示することにより,プリント基板や筐体の電磁界のふるまいを直感的に理解することができます.「とがった部分に電界が集中する」とか,「金属面のスリット(細長いすき間)はスロット・アンテナになる」といった基本的な知識はある程度どなたも持っていると思いますが,具体的に電磁界の様子を図で示されると,はっきりと認識できます.
しかし,この本は電磁界シミュレータを使った商品化設計のハンドブックのような存在ではありません.あくまでも読者にその必要性を説き,「経験と勘だけの設計から抜け出して.もっと設計品位を上げましょう」と言っているような気がします.
中には,経験から培った常識とシミュレーションの結果が一致しない場合もあるかもしれません.すなわち間違った認識をもとに,高周波を扱う商品を設計していたわけで,この本の示している例題の中には,そのようなケースが少なからずあると思います.本書の著者も述べていますが,事前に電磁界シミュレータで検討しておけば,実際にものを作る前に問題を把握でき,スムーズな商品化設計が行えます.
電磁界シミュレータはマイクロ波のアナログ回路設計だけのためのツール,と思っている方も少なからずいると思います.しかし以下の理由で,その対象は広がっています.
- FCC,CEなどの不要輻射の規格を満足することが大きな問題になってきている
- ディジタル回路のクロック周波数が年々高くなってきている
- 外部からの妨害電波などのイミュニティ(電磁耐性)も深刻な問題となっている
経験的に,輻射の少ない“静かな”商品は,自然と外部からの妨害も受けにくい設計になっています.その意味で,ディジタル回路とはいえ,マイクロ波のシミュレータを使って,事前に輻射の少ない設計をするのは避けられない状況にあります.事前検討もなしに,「ものを作り上げてから輻射を対策すればいい」という考え方は,今や成り立たなくなってきています.すなわち「FCCを満足しないけど,後から対策すればいいや」という考え方は,時間と労力を使うわりには成果が乏しく,結局作り直しになる場合が多いのです.
●シミュレータの次は基礎の電磁気学を学ぼう
なお,個人的に感じたのは,書かれている話題があまりにも広がりすぎて,まとまりがないように思ったことです.ページ数が制限された中での導入書ということで,しかたのないことではありますが,個人的には内容に物足りなさを感じました.もう少し話題を絞り,深さを追求しても良かったのではないかと思います.本書に書いている内容と,実際にマイクロ波のシミュレータを使って商品化設計を行うことの間には,距離があります.本書で触れられていたフィルタの設計一つとっても,その世界はかなりの広がりを持っています.実際に“良い”設計手法を身に着けるには,別の専門の本を読んで勉強しなければなりません.本書はこのような勉強のきっかけとなり,「電磁界シミュレータの世界は面白い」と読者に思わせれば,成功ではないかと思います.
最後に,最近,『ファインマン物理学』の電磁気学編(岩波書店)を再度読んでいます.教科書として書かれたようですが,なかなか読み物としても,とてもおもしろく感じています.ファインマンの人柄を感じられる良い本です.結果が「電磁界の様子がこうなりました」というのでは物足りない人は,次の選択として基礎の電磁気学に立ち返るのもいいのではないかと思いました.
にしむら・よしかず
(株)エーオーアール