つながるワイヤレス通信機器の開発手法(1) ――仕様を理解する
1.De factoとDe jureでは仕様の読みかたが違う
ここでは,ワイヤレス通信機器に関連する規格がどのように決められるか,膨大な標準仕様書をどうやって読みこなしていくかを説明する.最初に標準規格の決まりかたについて説明する.
●De facto StandardとDe jure Standardとは
標準規格にはDe facto StandardとDe jure Standardの2種類がある.De factoはよく聞くことばだと思うが,辞書を引くと「事実上の」という意味になっている.それに対してDe jureとは,「正当な,法律上の」という意味になっている.この二つのことばは規格の決まりかた,あるいは決めかたを表している.
例を挙げて説明すると,De facto Standardはコンピュータの世界に多く存在する.例えばパソコンで使われている米国Microsoft社のWindowsというOSは,JISやIEEEのような規格委員会で決められた規格ではない.Microsoft社という1企業が提案し,製品化したOSが多くのユーザに受け入れられ,パソコンのOSの大半を占める状態になったのである.
これは,ユーザがWindowsをパソコンの「事実上の」標準OSとして認めたことにほかならない.もっとも,最近はユーザの利便性が図れるように多くの企業が同じ規格で製品を作り, De facto Standardになった後でIEEEなどが追認するケースが多くなっている.本稿では,後に追認された規格についてはDe facto Standardとして取り扱う.
通信の世界では,以下のようにDe jure StandardとDe facto Standardの規格に分けられる.
- De jure: Bluetooth,PDC携帯電話システムなど
- De facto: cdmaOne,ワイヤレスLANなど
これらの標準仕様書(以下,仕様書とする)を読んだことがある方はわかると思うが,De jure Standardの仕様書のほうがはるかにページ数が多い.それは規格の決めかたに起因する.
De facto Standardは,仕様書としてユーザの目に触れるときにはすでになんらかの機器の上に実装され,動いている場合が多い.したがって,仕様を策定したメーカ以外の企業がその仕様に基づいて機器を作る場合,仕様書に忠実に動作するように設計するのではなく,すでにDe factoとして認められている機器と同じように動作する,もしくは接続できるように作る必要があり,そう作らなければならない.
つまりDe facto Standardの場合,仕様書よりもDe factoとされる機器との相互接続性(通信の世界ではインターオペラビリティと呼ぶ)テストのほうが重要になってくる.そうすると,必然的に仕様書は軽微な薄いものになってしまう.
例えば,Bluetooth SIGという団体が決めた「Bluetooth Ver. 1.1」の仕様書は1,000ページ強あるが,ワイヤレスLANの規格である「IEEE802.11b」の仕様書は100ページ弱である.もちろん,標準仕様書で規定されている範囲などが異なるので一概に比べることはできないが,仕様書の中身を細かく観察しても,やはりBluetoothの仕様書のほうがワイヤレスLANに比べてはるかに詳しく記述されている.
筆者はコンサルティングやセミナの中で,これらの仕様書の説明をよく行う.その中でその規格がDe jure StandardであるのかDe facto Standardであるのかを見極めて読むことを提案している.
De facto Standardの場合は仕様書よりもDe factoのもととなった機器,LSIのデータシートやアプリケーション・ノートのほうがはるかに詳しく設計情報を記述している場合が多い.例えば,ワイヤレスLANの規格を勉強する場合,IEEE802.11bの仕様書を読むよりも,米国Intersil社のLSIのデータシートやアプリケーション・ノートを読むほうが,はるかに多くの情報を得ることができる.