デバイス古今東西(20) ―― TSMCはなぜ強いのか

山本 靖

 2010年に,米国Xilinx社と米国Altera社という競合メーカ同士が,同じシリコン・ファウンドリの同じ製造プロセスを利用することになりました.ファウンドリ先は台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Co.)です.TSMCは2006年以降の全世界のシリコン・ファウンドリ産業で50%以上の市場占有率を持つ勝者になっています.本コラムでは,TSMCの強みと市場の占有者に至る企業価値形成のスパイラルについて述べます.

●競合メーカ同士が共通のファウンドリを使う構図

 Xilinx社は1980年代の設立当初,FPGA(Field Programmable Gate Array)のファウンドリ委託先を日本のセイコーエプソンに一任し,シリアルEPROMの製造委託先として日本電装を用いていました.これらの企業は,前払い金を前提としたウェハ調達などのコミットで戦略的な提携関係にありました.ところが1990年代以降,Xilinx社は日本企業の最先端ファブへの資本投下のスピードが遅くなることを察知し,台湾United Microelectronics社(UMC)への生産委託に移行していきました.同時期には,Altera社も主な委託先をシャープからTSMCへ変更していきました.つまり,Xilinx社が台湾UMC,Altera社が台湾TSMCという競争の構図ができたのです.

 しかし,Xilinx社は2010年2月,28nm世代のFPGAについてTSMCに生産を委託する方針を明らかにしました.競合メーカ同士が同じシリコン・ファウンドリの同じ製造プロセスを利用することになります.「この状況をどうとらえるのか?」という質問は愚問と言えましょう.なぜならば,選択肢がそれしかないからです.もう少しそれを解説しましょう.

●ファウンドリのドミナント・デザイン化と独占市場

 製造プロセスが0.13μmルールに進んだ2001年以降,半導体産業は微細化に向けた製造上の問題に加えて,物理的な構造の影響に伴う回路設計上の問題(本コラム 第3回を参照)に直面してきました.そして半導体産業は,資本財を主たる経済資源とした製造中心,すなわち資本集約型の工業社会と,設計情報や設計知識を経済資源とする知識集約型の工業社会とに分離されました(本コラム 第2回を参照).半導体の製造が資本集約的な産業構造の性格を持ち合わせるが故に,多数の垂直統合型の半導体メーカ(IDM:Integrated Device Manufacturer)がそういったビジネスの代替案,例えばミニマル・ファブ(本コラム 第15回を参照)やファブライト戦略を考慮するようになっています.ファブライト戦略とは,これまですべての半導体を自社で製造していたIDMが設計と開発に経営資源を注力させ,TSMCやUMCなどのシリコン・ファウンドリに生産委託する戦略です.

 このTSMCとUMCの1995年の売り上げは,それぞれニュー台湾ドル(NT$)28,766 million,NT$ 24,246 millionとほぼ同額でした.そしてTSMCとUMCという相互に競合関係にある企業が,相互に模倣し続けることで,このシリコン・ファウンドリというビジネス・モデルがドミナント・デザイン化(本コラム 第5回を参照)していきました.つまり,TSMCがUMCの新しいビジネス・モデルを追随,模倣,あるいは学習するか,あるいはその逆も起きていたということです.結果として,TSMCおよびUMCは相互に,ほぼ90%共通した等価性を持ったビジネス・モデルを身につけたと言われています(1)

 しかし,ここに重大で興味深い疑問が残っています.それは,TSMCとUMCのビジネス・モデルが類似しているにもかかわらず,なぜTSMCが2006年以降の全世界のシリコン・ファウンドリ産業で50%以上の市場占有率を持つ勝者になっているのか? という命題です.

 その解は,UMCとTSMCという二つの台湾のトップ半導体企業の企業家精神のスタイルの差異によると言われています(1),(2).その議論は別の機会に譲るとして,今回はTSMCの強みと市場の占有者に至る企業価値形成のスパイラルに注目して話を進めてみます.

●TSMCの強みとは

 TSMCは常にビジネス主義という志向性を持つ企業と言われています.売上と利益を着実に伸ばして企業価値を形成し,その企業価値をてこに巨大な投資を継続し,さらに売上と利益を伸ばす,という正のスパイラルを実現しています.そして半導体産業における製造が資本集約型の工業社会へと進展していることも追い風にしました.それは,半導体の製造事業では巨額な規模の資本を投下し続ける企業だけが勝ち残る,という競争です.

 現時点では競合他社の追随が困難なほどの継続的な資本投下の金額と言えるでしょう.TSMCは極めて成熟したエコシステムを持つ世界観を造り上げているのです.

●市場の占有者に至る企業価値形成のスパイラル

 TSMCは,パソコンのOSで市場を席巻したMicrosoft社のような強健なビジネス・モデルにもなぞらえられています(3).つまり,TSMCは事実上デファクト標準のプロセス技術を構築しているということです.たとえTSMCの競合他社がほぼ同一時期にほぼ同一の技術を提供していても,このデファクト標準化がTSMCのウェハの普及をもたらし,サード・パーティ企業からの補完財がより多く提供され,さらに普及が促進される,といった"正のフィードバック"につながっています(図1).一例として,TSMCで提供される実証済みシリコンIP(Intellectual Property)の方が競合他社より数が多いという事実が挙げられます.それはTSMCのユーザにとっては大きな便益をもたらします.これは経済学上の理論の一つである「ネットワーク外部性」による効果と言われています.

図1 TSMCの企業価値形成のループ(参考文献(3*)のFig.4.2に筆者が加筆した)

 こうしてTSMCは最先端の製造プロセスの開発において先導者としての役割を果たし,EDA(Electronics Design Automation)などのサポート・ツールやシリコンIPなどのサード・パーティ企業,顧客からの高い支持を通じて,最終的にはそれらが高い収益と企業価値の向上につながっています.

参考・引用*文献
(1) "A Grounded Study on Evolutionary Business Model Structure: A Comparative Analysis on TSMC and UMC in the Post Deep-Submicron Generation" Po-Min Chang, Graduate Institute of Business Administration, National Taiwan University, June 2008.
(2) "Technology entrepreneurial styles: a comparison of UMC and TSMC" Tzu-Hsin Liu, Yee-Yeen Chu, Shih-Chang Hung, Shien-Yang Wu, International Journal of Technology Management 2005 - Vol. 29, No.1/2 pp. 92 - 115.
(3*) "A Study of the Foundry Industry Dynamics" Sang Jin Oh, Submitted to the MIT Sloan School of Management. On May 7, 2010.

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

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