デバイス古今東西(15) ―― ミニマル・ファブでシステムLSIを製造できるのか

山本 靖

 2010年5月19日付けの日本経済新聞の朝刊1面トップに,「半導体設備 投資1/100:少量生産向け 超小型システム」という記事が掲載されていました.その内容は,「日立製作所,東芝,オリンパスなど国内の半導体関連企業約30社が,超小型の半導体生産システムを共同開発し,2014年までに実用化する.ディジタル製品や自動車で使うLSIなど特定用途半導体の少量生産に適しており,1ライン当たりの設備投資は約5億円で済む.LSIの生産ラインには通常,500億円規模の設備が必要.超小型生産システムを使えば低予算で多様な半導体が生産でき,国内ハイテク産業の競争力を底上げする」というものです.
 このプロジェクトの特徴としては,「約15種類の卓上型装置を組み合わせて一つの工場とする」,「クリーン・ルームを必要としない」,「設置面積は先端工場の1/20で,バスケット・コート半面の敷地に収まる」,「超小型生産システムでは直径12.7mmの極小サイズのシリコン・ウェハを使用する」といったことが含まれていました.
 このプロジェクトは「ミニマル・ファブ」と呼ばれています.独立行政法人産業技術総合研究所が2010年1月に設立したコンソーシアム「ファブシステム研究会」が,その具現化の活動を行っています.今回のコラムでは,まずミニマル・ファブ構想とその適用システムが何かを概観します.

●ミニマル・ファブ構想とは

 ミニマル・ファブは,ナノテクノロジーにおける基幹技術を応用する場合の廉価版の超小型生産システムです.必要なものを,必要なときに,必要なだけ生産するオンデマンド生産方式に向いています.  ミニマル・ファブは半導体の製造工程に応用することが可能と言われています.ミニマル・ファブが最先端プロセスを扱うことができ,低価格の開発費用を実現できるのであれば,チップ価格が多少高くても少量多品種で高機能,そして低消費電力の用途に利用される可能性は高いと言えます.

●システムLSIやMEMS,ナノテク試作などに適用可能

 ミニマル・ファブに適したシステムとして,以下の五つの領域が想定されています.

  • システムLSIや化合物半導体などの半導体集積回路ファブ・システム
  • ハード・ディスク・ヘッド製造ファブ・システム
  • MEMS(Micro Electro-Mechanical System)製造ファブ・システム
  • ナノテク試作ライン:ナノテクノロジーにおける基幹技術である超微細加工・造形・計測の,そしてクリーンな環境と高価な装置が求められるナノプロセッシングの施設を必要とする最先端研究用の試作ライン
  • 研究用の装置のモジュール化:臨機応変に製造を変更できるオンデマンド製造装置

●「必要なものを,必要なときに,必要なだけ」という生産方式

 ミニマル・ファブが言う「必要なものを,必要なときに,必要なだけ」とは,どういった生産方式なのでしょうか.
 製品を生産する際に使用する生産工程の基本方式を大まかに整理すると,「ライン生産方式」,「セル生産方式」,そして「ジョブ・ショップ生産方式」の三つに分類できます.以下にそれらを簡単に説明しておきます.
1)ライン生産方式
 ライン生産方式は,単一の加工品がそのために専用に設計された生産設備間を流れます.逆行や飛び越しを行うことなく直線的に流れる傾向にあります.多くは高額の初期投資を必要とし,他の製品の生産に切り替える自由度は小さいことが知られています.大量少品種生産に向いています.
2)セル生産方式
 組み立て製造業において,1人~数人の作業員が部品の取り付けから組み立て,加工,検査までの全工程,あるいは多工程を担当する生産方式のことです.この方式は,工程の段取り替え,コストの削減,および生産可能量の向上が望めます.そして加工品をより速く生産し,仕掛かり在庫を削減するメリットもあります.中量中品種生産に向いています.
3)ジョブ・ショップ生産方式
 加工品が,生産機械の機能別に分類されたグループとして設定された異なる工程を経る生産方式です.例えば塗装を含んでいる全ての生産は一つにグルーピングし,塗装部門を形成します.その場合,加工品はさまざまな部門間を流れることとなります.大量生産のようなベルト・コンベアやラインとは異なり,工程経路は自由に選択できます.顧客の注文数に柔軟に応じてバッチ処理することが可能です.個別受注生産工場で見受けられます.初期投資は低く抑えることができますが,加工品の滞留時間は長くなります.少量多品種生産に向いています.

 上記をまとめると,各生産方式は図1のように表すことができます.

図1 製品の量・品種と生産方式の関係

 ミニマル・ファブは,「オンデマンド方式」とか「必要なものを,必要なときに,必要なだけ」という生産方式と言われています.明らかにライン生産方式ではありません.ミニマル・ファブは,セル生産方式あるいはジョブ・ショップ生産方式,あるいはその組み合わせ方式をイメージしていると考えられます.

●資本集約の進展過程において見過ごされつつある少量多品種のニーズ

 本連載コラムの第2回「半導体IPと知識社会に向けた新しいビジネスの形態」で述べましたが,半導体産業における製造は,資本集約型の工業社会へ進展しています.つまり資本を投下すればするほど,単位資本当たりに生産される半導体の原価が下がっていく競争事業です.従って半導体の製造事業では巨額な規模の資本を投下し続ける企業だけが勝ち残ります.
 これは需要者側に,大規模で複雑な半導体チップを,大量にしかも低価格で購入したいという強いニーズが常にあることも背景にあります.この需要者側とは主に,パソコン,携帯電話,ディジタル民生機器などのメーカです.
 こういった進展過程の中で見過ごされてきたことは,少量多品種のニーズです.半導体ユーザにとって少量多品種の用途は不必要なのではありません.半導体メーカの側が,少量多品種の用途に全く対応できなくなっているのです.
 ロジックLSIの場合であれば,少量多品種の用途としてはFPGAが現実的な選択です.しかしASICと比較して,FPGAにはどのような設計回路も簡単に手元でプログラムできる柔軟性があるものの,ロジック密度と性能を犠牲にせざるを得ません.すなわちFPGAチップの単価は高く,機能や消費電力もASICにはかないません.そもそもFPGAは半導体メーカにとっては少量多品種ではなく,メモリやプロセッサと同じ汎用製品です.
 ミニマル・ファブが,(例えば現時点なら)40nmの最先端プロセスを扱うことができ,低価格の開発費用を実現できるのであれば,チップ価格が多少高くても,少量多品種で高機能,そして低消費電力の用途に利用される可能性は高いと思います.

 

 

やまもと・やすし

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

 

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