デバイス古今東西(2) ―― 半導体IPと知識社会に向けた新しいビジネスの形態(後編)
tag: 半導体 電子回路 ディジタル・デザイン
コラム 2009年4月 3日
●工業社会と知識社会に2分化された産業構造
半導体産業は資本財を主たる経済資源とした製造中心,すなわち資本集約型の工業社会へと進展しています.つまり資本を投下すればするほど,単位資本当たりに生産される半導体の原価が下がっていく競争事業です.従って半導体の製造事業では巨額な規模の資本を投下し続ける企業だけが勝ち残ります.
一方,半導体の付加価値は設計情報や設計知識を経済資源とする知識集約型の工業社会,すなわち知識社会に移行しています.こういった産業構造の進展に対応する新しいビジネス・モデルが次から次へと仕掛けられ展開されてきました.ファブレスとチップレスはその代表例です.
日本の半導体産業では,ここで述べる知識集約型モデルを含む知識社会は,製造を中心とした工業社会に比べて多く議論されてきませんでした.なぜならば過去日本では半導体産業の経済資源は,資本財を投入するという点に主眼が置かれてきたからです.日本の半導体産業衰退原因の一つはそこにあると考えられています.
●これからの知識社会にふさわしいチップレス・ビジネス
半導体ベンチャを志す起業家にとっては,ファブレスを興すことは容易ではありません.ファブレスは設計だけでなく,生産計画・マーケティング・販売という経営システムも自ら構築する必要があるからです.しかしチップレスの事業化は経営資源が少ないベンチャでも参入が容易です.なぜならばチップレスというビジネス・モデルは,半導体メーカに製造・組立・テスト設備といった生産システムや,マーケティング・販売システムも委託し,半導体の設計知識着想に経営資源を集中させた,身軽に儲ける仕組みだからです.
日本では,組織内に必要な設計知識が断片化して存在していました.それらは適切な時間と適切な場所に配置されていないとか,組織構造上の問題で見えない壁によって共有化されてこなかったのです.また異質の知を排除する可能性が多分にあります.それでは新たな知の形成が起きません.結果的に多くの設計知識が意識的に,そして組織的に活用されないまま埋もれてしまいました.これらは経営学者の野中郁次郎氏が観察した日本の組織内現象です.
設計知識は再利用されない限り,付加価値収益として形成されません.再利用されなければ,設計作業の効率化並びに設計品質の安定化が実現できないからです.米国の企業の多くはまさに戦略的にこういった設計知識の重要性を認識し,積極的に活用してきました.欧米では未公開のチップレス・ベンチャ数は数え切れません.ご参考までに欧米の株式市場で公開したチップレス専業ベンダだけでも表2に示しておきます.
日本でもアーキテクチャの優位性で勝負したフュートレックやテクノマセマティカルが株式公開しています.チップレスは日本で十分通用する良い例証です.チップレスは,日本の半導体産業の知識社会にふさわしいビジネス・モデルであり,停滞している日本の半導体産業を復活させる一助になると私は考えています.
会社名 | 半導体IP | |
主の用途 | 主のIP分類 | |
ARM holding | プロセッサ | ハード |
Rambus | メモリ | ハード |
DSP Group | 信号処理 | ハード,ファーム |
MIPS Tech | プロセッサ | ハード |
MoSys | メモリ | ハード |
Ceva (2004年Parthusと合併) | 無線 | ハード,ファーム |
Virage Logic | メモリ | ハード |
Aware | DSL | ハード,ファーム |
Artisan (2004年ARMに買収) | セル・ライブラリ | ハード |
InSilicon (2002年Synopsysに買収) | 標準バス | ソフト |
Imagination(London) | グラフィックス | ソフト,ファーム |
ARC | プロセッサ | ソフト |
●さいごに
半導体産業はただ資金を投入すれば良いという時代ではありません.半導体は製造生産に加え、どういった製品を設計開発して進めるのかという検討がなければ、半導体製品を成果として創り上げることは困難になってきているからです.つまり日本の半導体産業においては、その知識社会についての議論が要求されているのです.
この要求に応えるビジネス・モデルの一つがチップレスです.チップレス・モデルは、半導体IPを介在させた半導体メーカとチップレス・ベンチャとのコラボレーションです.そして設計過程において外部からの設計知識を総合し、新しい価値観と知を機動的に知識創造の共同体として構築するビジネス・モデルです.日本の半導体産業でもその創出と起業の期待感が一層高まっています.
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界並びに半導体に係わるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.
tag: 市場動向