デバイス古今東西(3) ―― ニッポン半導体維新! ファブレス半導体ベンチャ立ち上がれ

山本 靖

 2001年時点の調査によれば,米国では半導体事業に直接携わっている人は28万人おり,日本では19万人いると言われています.日米ともに半導体は大きな雇用を抱える産業です.米国では,その中で株式公開しているファブレス(Fabless)半導体企業の従業員数はおよそ6万人です.一方,株式公開している日本のファブレス半導体企業の従業員数は合計で1千人にも満たない現実があります.つまり,ファブレス半導体ベンチャの企業数および雇用に関しては,日米で大きな格差があります.世界有数の技術力を保有する日本の半導体産業を回復させるためには,官民の英知と資本を結集し,世界に通用するファブレス半導体ベンチャの多発的な創業が必要と言えます.そこで本稿では,ファブレス半導体ベンチャを起業する上でチャレンジすべき大きな課題を三つに整理してまとめ,ファブレスの多発的創出(ファブレス半導体ベンチャの起業活動の活性化)に向けた産業促進策の考え方について述べます.

●チャレンジすべき一つ目の課題:高度な設計知識を持つ人材の確保

 一つ目の課題は,起業の段階からノウハウや専門知識を持つ設計エンジニアを確保しなければならない点です.つまり,半導体設計がいっそう複雑化しつつある今,多様な技術的問題の解決に対応できる人材を確保することが必要です.例えば,半導体は微細化するにつれ,これまで以上に寄生容量が増大し,チップ全体,あるいは局所的に消費電力が集中する箇所を最適化する作業が増えていきます.こういった専門知識やノウハウを持つ技術者が求められます.今後,半導体設計エンジニアに要求されると思われる技術的課題を表1に示してます.

[表1] 半導体設計上の技術的問題点

●二つ目の課題:資金調達

 二つ目の課題は,半導体の設計に相当額の資金あるいは資本が必要となっていることです.ここで130nmと90nmのセル・ベースのASIC設計を例に,話を進めてみます.表2は筆者の経験に基づく机上の計算です.設計工程を人・月の案分で割り当て,人的資源の経費の推移を表しました.テクノロジと規模が進めば,上流設計へかける工程数の作業時間の比率が高まります.さらに,半導体のハードウェアとしての具現化作業だけではなく,同時にソフトウェアも顧客に提供しなければなりません.従って,そのプログラムをコーディングするソフトウェアの人的資源も必要となります.そういった条件を反映させています.

 開発費には,人的資源の経費のほかにマスク開発に費やされるコストがあります.ゲート規模にもよりますが,130nmでは7000万円前後,90nmではおよそ1億円は必要となります.このマスク費用も,1990年代と比べると一けた上昇しています.マスク開発の費用を軽減させる方法として,一つのウェハ上に独立した異なる回路を複数混載させるプロジェクト・ウェハ(あるいはシャトル・サービスとも呼ぶ)を使うことがあります.ただし,主目的はあくまでも試作チップ検証や少量生産と考えた方が良いと思います.というのもプロジェクト・ウェハは,必ずしも製造したいときにタイムリに製造できるわけではなく,納期の遅れを引き起こしたり,あるいは設計上の制約があってうまく活用できなかったりする,といったケースがあります.そしてプロジェクト・ウェハは,場合によっては,緊張感を緩めてしまうというリスクも引き起こします.「失敗してもともと」,「何回でも利用できる」,「費用が安いから仕方ない」といった緩みです.

 話をもとに戻します.とにかく100万ゲート以上のASIC開発には億単位の資金が必要です.そして90nmのテクノロジで1000万ゲートのシステムLSIを開発するには,マスク費用を含めて8億円近い費用が必要となります.もちろん,EDAツールの購入費や,IPコアのライセンス料などの負担も考えられます.欧米のファブレス半導体ベンチャの多くが,創業時に数十億円単位の資金調達を行っているのにはそれ相当の理由があるのです.

[表2] 人的資源の設計コスト(コストの単位は百万円)



●三つ目の課題:起業力

 三つ目の課題は起業力です.日本人の起業力のなさには,日本の大企業においてエンジニアリング業務が細かく分業化されていて全体を俯瞰する能力が育たないことや,強い問題意識を抱いていないといった日本固有の事情があります.

 起業力とは起業家の能力のことです.早稲田大学大学院の柳孝一教授は,その能力について次のように述べています.まず,起業家は,鋭い感度で世の中の大きな潮流を捉え,その流れの中から自らが確信を持つことができる「対象となる市場を設定」します.次にその市場の中で今までとは異なり,かつその市場を変革するという意識を持って新たな切り口を生み出します.これが「変革的な切り口」となります.ここで,いわばベンチャ企業の基本戦略,基本コンセプト,市場戦略が決定します.この切り口が鋭いことが成功の条件ではありますが,それだけでは充分ではありません.なぜならば,常に追随者(フォロワ)や模倣者が表れるからです.

 例えば,製造の場合,特許を取得していても類似品が登場したり,特許侵害が頻発し,十分に自社の知的所有権を守れない場合が少なくありません.特に力の弱いベンチャ企業にとって,大手企業の参入は大きな脅威です.これらの脅威をはねのけるには,経営システムにおいて変革的ひねりが必要となります.経営システムにおける新しい方法,すなわち「ひとひねり」を創出し,変革的切り口と結合させると外部からは複雑に絡み合ったノウハウと映り,簡単にマネができなくなります.

 日本のファブレス半導体ベンチャの中で成功している企業の多くは,企業の外部からも見えるマーケティング,ビジネス・モデル,営業力といった表層的な戦略・競争能力だけではなく,その企業の外部からは見えにくい起業家の起業力や深層的な戦略・競争力も備えています.それは顧客との協力関係を築くリレーション力と,シーズとニーズを接合させる力と筆者は見ています.

●ファブレス・ベンチャ,起業を活性化するには・・・

 1976年から1979年にわたって行われた旧通産省の超LSIプロジェクトの一環として,超LSI共同研究所で開発された超LSI製造装置などの成果は,1980年代の日本の半導体産業の躍進に大きく貢献しました.そして1990年代から2000年代にかけては,多数の半導体デバイス技術に関する産官学連携のプロジェクトが行われてきました.半導体MIRAIプロジェクト,HALCAプロジェクト,あすかプロジェクト,VDEC(大規模集積システム設計教育センタ),VSAC(システムLSI開発支援センタ),ASPLA(先端SoC基盤技術開発)プロジェクトなどです.これらのプロジェクトの中には予算規模が1000億円規模のものもあり,日本の最先端技術開発の能力向上に大きな成果を上げています.

 しかし,従来型の設計プロセスや製造だけでなく,設計情報や設計知識を収益の源泉とするベンチャへの支援も行う必要があります.なぜならば,半導体産業の雇用・付加価値額は,製造から設計に移っているからです.もちろん,中小企業やベンチャ企業に対する支援策が行われていないわけではありません.独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)はその重要な役割を担っています.しかし,必ずしも手厚い支援体制が用意されているとは言えません.さらに米国市場で見られるベンチャ・キャピタルが日本には少ないことや,十分な資金を提供してくれるエンジェルも少ないのが現状です.

 つまり,ファブレス半導体ベンチャの起業の活性化を政策的に考えるのなら,現状の日本の産業促進策は必ずしもそれに適しているとは言えないように見えます.この点の制度改革の方向性については,さらに議論する必要があると考えられます.例えば,先に述べたマスク開発費の問題があります.

 仮に何らかの理由で再設計が要求されるとか,あるいはプロジェクトが顧客の都合で消滅してしまった場合,新たにマスク開発の費用を負担してでも次のプロジェクトを行うべきかどうかが問題となります.もちろん事業を開始したからには,その事業を継続することが賢明だと感じるはずです.ならば追加のマスク開発の代金を支払うのは合理的な選択です.ただし,初回に支払ったマスク代は回収不能です.さらに建物や自動車,あるいはEDAツールや設計資産のようにほかの用途に転用できません.つまり,マスク費用の高騰は,起業の参入障壁の高さを決める要因の一つと言えます.

 し,あくまで私見ですが,ベンチャ向けのマスク開発については全て助成の対象とすれば良いのではないかと思います.こういった制度による助成は,ファブレス半導体ベンチャの多発的創業に向けた産業の促進だけでなく,実質的な競争力の獲得につながると筆者は確信しています.

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.
 

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