デバイス古今東西(5) ―― ドミナント・デザイン化したFPGAからは創造的破壊は生まれないのか?

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2009年9月25日

 本稿では,現在,FPGA(Field Programmable Gate Array)が「ドミナント・デザイン(Dominant Design)」と呼ばれる状況に陥っていること,それによって「イノベーション(Innovation)=技術革新」が低下しつつある状況に対して筆者の考えをお話しします.また,FPGAにおけるイノベーションの低下によってもらたされる問題点を, FPGAユーザの視点から指摘します.ユーザの視点から考える問題点とは,1) FPGAの配線領域の増大がチップ価格を押し上げていること,2) タイミング収束(Timing Closure)の問題が簡単には解決しないこと,そして 3) コンパイル(Compile)時間が長くなっていること,の三つに整理できます.

 

●ドミナント・デザインとは何か

 経営学者のJames M. Utterbackは,多様な産業を観察した結果,「製品(product)」と「工程(process)」におけるイノベーションの多くは「流動期」,「移行期」,「固定期」という三つの段階に分かれて進むことを提示しています(図1).Utterbackによると,流動期はイノベーションを持った製品が生まれる時期であり,多くの企業が市場に参入します.移行期は,標準仕様が形成され市場の標準となるデファクト・スタンダード(業界標準)が成立する時期です.Utterback は,産業進化の過程においてデファクト・スタンダードとなった標準仕様を「ドミナント・デザイン」と名づけました.このドミナント・デザインが定着すると,それに沿った持続的技術を持つ企業が勝ち残り,その技術を持たない企業の整理・淘汰が始まります.だいたいこの時点から,製品と工程におけるイノベーションの発生が減少していきます.固定期には,製品の基本的な仕様に大きな変更がなくなり,生産工程でも自動化が進み,勝ち残った少数の企業による市場の寡占化が進んでいきます.


図1 産業のイノベーションの進化過程

 

●FPGAがドミナント・デザイン化している理由

 この議論の展開を見るかぎり,ドミナント・デザインはFPGAの現況によく当てはまります.その論拠を述べます.まず一つ目の根拠は,FPGA半導体素子の基本仕様である格子型(grid)の構造に大きな変更がみられない点です.格子型構造とは,「LUT(Look-up Table)という論理を形成する要素」ならびに「スイッチ・ボックスという構成要素」と,「それら構成要素を接続することで回路を実現する技術」,そして「その回路をSRAM(Static Random Access Memory)の製造過程で処理加工する技術」によるものです.また,そのFPGAを支えている基本特許は,「Freeman特許(US4870302)」と「Carter特許(US4642487)」です.1984年以降,この二つの特許を主とした基本構造が今もなお継承されています(図2).


図2 FPGAの格子型構造


 二つ目の根拠は,FPGAのトップ・ベンダが「製品ファミリ」,「規模」(図3),「機能」の面においてほぼ同じような製品構成からなるFPGAを提供している点です.つまり,ハイエンド製品から低価格重視の量産向けまで,FPGAのベンダ同士でFPGAの製品を同質化してしまっていることです.



図3 米国Altera社の「StratixII」と米国Xilinx社の「Virtex-4」の規模対比表

 

 三つ目の根拠は,ベンダによって提供される開発環境とIPコアも同様にFPGAベンダ間で同質化されてしまっている点です.例えば「設計フロー」,「環境ツール」,「組み込みプロセッサ」,「社内外のIPコア・リスト」,「サード・パーティとの関係」などの領域ではほぼ同じと言えます.

 四つ目の根拠はFPGAのトップ・ベンダの高収益性と寡占化です.FPGAのトップ・ベンダは,米国Intel社の売上総利益率を超えるほどの収益の高さになってます.2003年~2005年の3年間,FPGAのトップ・ベンダ2社の売上総利益率は59%~70%であるのに対し,Intel社の利益率は51%~59%に収まっています.さらにFPGA市場の90%前後はトップ・ベンダ2社で寡占化されています(図4).


図4  FPGA市場占有率(2006年度)


 以上をまとめますと,FPGAにおいては,過去25年にわたって格子型構造という基本構造が継承され,製品だけでなく周辺製品まで含めて競合ベンダ同士で同質化する過程を経て,現在では実質的な標準仕様が形成されていると言えます.そしてFPGAのトップ・ベンダによる寡占化の事実もあります.つまりFPGAはドミナント・デザインが成立し,イノベーションがなくなる方向に向かいつつあります.図1の産業のイノベーションの進化過程に当てはめるなら,FPGAの製品イノベーションは,すでに移行期,あるいは固定期に属していると考えられます.

●ドミナント・デザインと破壊的技術

 ドミナント・デザインが成立し,安定的に技術が成長していく持続的技術の競争では,固定期に産業リーダが地位を失うケースはほとんどありません.しかし,そういった時期に「破壊的な技術=Disruptive Technology」が現れると,産業リーダが地位を失う現象が見られると経営学者のClayton Christensenは指摘しています.

 Christensenは破壊的技術についての解明を進めるため,IBM社とDEC(Digital Equipment Corp.),巨大製鉄会社とミニミル(電気炉製鋼メーカ),Xerox社とキヤノン,ウインチェスタ型HDD(Hard Disk Drive)など,多くの業界についての分析を行ってきました.その結果,「かつての産業リーダがトップの座から落ちるのは,競合他社が強くなったためではなく,むしろ一見取るに足らないような,あるいはあまり質の高くないソリューションを提供する新規参入企業が現れたためだ」と結論づけています.もちろん現時点では,FPGA市場にそういった破壊的技術は出現していません.

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