私のソーラーカー・チャレンジ25年(後編) ―― 池上 敦哉 氏(ヤマハ発動機,Zero to Darwin Projectチーム代表)

真野 もとき

●東海大チームに効率30%の太陽電池が提供される

―― 池上さんはどのような経緯で東海大のソーラーカー・チームに入られたのですか?

池上氏:先ほど述べた「ガメラ」の時に東海大学の木村先生がチームに参加されていて,そこからの繋がりです.気がつくと,木村先生が率いる東海大学のソーラーカー・チームにアドバイザとしてお手伝いしていました.いまも名目は同じです.私がお手伝いをさせていただいた当初は,当然ながら学生が主体的で設計・製作を行っていました.私のような大人たちはアドバイスするだけです.目的は学生の教育ですから.

―― その東海大チームが,WSCの2009年大会と2011年大会では「Tokai Challenger号」でワールド・チャンピオンを獲得しました.当然のことながら,優勝を狙っていたのだと思います.世界一を目指すきっかけが何かあったのですか?

池上氏:はい.2007年のWSCでは,上位10台のうち7台が宇宙用の高効率の太陽電池を搭載していました.ソーラーカー1台分の太陽電池の値段が2千万~1億円と言われていました.それが入手できるとは思っていなかったので,東海大チームとしてはせいぜい10位以内を狙おう,と皆が思っていました.

 ところが,設計方針をそろそろ決めようとしていたときに,シャープから宇宙用の高効率の太陽電池を提供できる,という話が舞い込んできました.トリプル・ジャンクション型の太陽電池です.通常の太陽電池は,シリコン(Si)系の半導体で作られているのですが,この太陽電池はガリウムひ素(GaAs)系の半導体で,インジウムという貴重な金属が使われており,30%という高い変換効率をもっていました.ちょうどシャープが,太陽電池の変換効率で34%という世界記録を樹立した,と発表したころです.出力電圧も高く,優勝を狙える太陽電池でした.ガメラの時の太陽電池の効率が17%だったのですから,とんでもない変換効率だったのです.

 トップクラスの太陽電池を無償提供していただける,それで目標が10位以内,というわけにはいきません.

 

●世界一を目指すジレンマ

―― ではその時点で,優勝を狙う目標にしたわけですか?

池上氏:結果的にはそうなったのですが,じつは木村先生たちはたいへん迷ったようです.優勝を狙うとしたら,これまでと同じチーム作り,チーム運営ではダメなのが分かっていました.学生たちは設計からモノを作った経験がありませんでした.貴重な材料があったとしても,それを生かせる設計力が短期間に身につくわけではありません.優勝できるソーラーカーの完成を大会当日に間に合わせるためには,これまで脇役だった大人たちが表に出ていくしかないのは明白です.しかし,それが本当に良い決断なのか….もろ手を挙げて賛成とは言い切れない.間に合うか間に合わないかは結果であって,あくまでも設計から学生主体で行う,という選択肢もあり得ます.もちろん,決めるのは私ではなく木村先生ですが….

 ともかく木村先生は,学生中心のチームから電気系の設計は木村先生中心に,車体系の設計を私中心に,というように変更しました.WSCそのものはもともと大学だけを対象としたレースではないので,そのような変更は問題ありませんでした.

 「3000kmのレースに優勝するソーラーカー」を作り上げていくために,産学協同チームに変えていくことになりました.例えば,バッテリはパナソニック製のリチウムイオン電池,モータはミツバ製のブラシレスDCダイレクト・ドライブ型というように,部品選択が決まると同時に,各社とのコラボ体制も密にしていきました(写真8~写真10).

 

写真8 2009年WSCで優勝したTokai Challenger(2009年版)

 

 

写真9 2011年のWSCで優勝したTokai Challenger(2011年版,太陽電池をシャープ製からパナソニック製に変更)

 

写真10 今年(2013年)4月に発売されたトミカのミニカー「東海チャレンジャー」(2011年タイプ)


 

 

―― 学生たちの役割はどうなったのですか?

池上氏:学生たちの役割や仕事を全面的に取り上げたわけではありません.木村先生も私も,時間が潤沢にあるわけではないですし,本来の仕事もあります.私は大学から遠いところにいて,大学に行けるのはせいぜい土日祝日くらいです.

 結局,学生たちの力は絶対に必要でした.学生たちは,大人よりも時間があります.学生たちに直接会うのは週末だけですが,平日のコミュニケーションはメールで行えます.ガメラのときのようにうまく連携できるといいのですが,なかなかそうもいきません.次に会う週末に過度な期待をしてしまいます.いわば,宿題が当然できているものと….でも,きちんとコミュニケーションできていないからか,これがなかなかうまくいかない.

 学生の側にも言い分はあります.WSC大会の開催は隔年だし,学生たちに経験を積んでもらおうにも,1年生から3年生がクラブ・メンバになるので,学生にとって大会に参加できるチャンスは1回か2回しかないのです.結局毎回,学生たちの設計経験がゼロに近いのに,コミュニケーションの中で,こちらの発言趣旨を(深く)理解している思い込んでしまうのがいけないのでしょうね.学生たちからは,私はいつもガミガミ怒っているおじさんにしか見えなかったと思います.

 私としては,技術に対して謙虚であってほしい,と思うのです.例えば,技術的に理解できないところは,「理解できていない」と明確に自覚してほしいのです.分かった振りをしないでほしいと思います.そこを明確にしておかないと,自分で理解する努力も怠るようになるし,コミュニケーションの信頼感も損なわれるかもしれない,と心配します.つねにどん欲にいろいろな技術や知識を吸収していってほしいものです.それぞれの担当個所をきちんとやるのは当然として,自分の担当個所だけでなく,Tokai Challgerの全体像をつかんで欲しいと思っています.

―― 学生には厳しい要求かもしれませんね.険悪な雰囲気になりませんでしたか?

池上氏:そうはならないところが学生たちのすごいところです.いつも明るく前向きです(笑).チームとしての雰囲気は,これまでまったく崩れないですね.学生たちも,その一線を維持しているのでしょう.そこはとても感心します.

 また,Tokai Challgerでは,空気抵抗の低減を重視しました.多少重量が増えても空力で優位に立つぞ,という戦略です.優勝を狙うには平均速度が100km/hを超える想定なので,そうなると速度に比例する転がり抵抗と,速度の自乗に比例する空気抵抗のどちらが効くかは明白です.また揚力も考えなくてはいけません.そのためには,面倒な空力のシミュレーションをたくさんしなくてはならない.2009年,2011年の車両の空力シミュレーションは,私の所属する会社に協力してもらいましたが,今開発中に2013年モデルでは,その計算は完全に学生たちの役割で,彼らにがんばってもらっています.

 WSCの合間の年には「サソール・ソーラー・チャレンジ南アフリカ大会」に参加しています.こちらは南アフリカ国内を一周する4000kmのレースです.高低差もあるので,オーストラリア大会よりある意味,過酷なレースです.こちらも2年に1度の国際大会ですが,参加国数はオーストラリア大会よりも少ないです.こちらの大会も,2008年,2010年,2012年と3連覇しています(写真11).学生にとっては,レースの経験を積む機会が増えています.

 

写真11 南アフリカ大陸で優勝したときのTokai Challger(2012年,赤いアンテナが付けられた)

 

―― 結果は競合がたくさんいるなかで優勝.オーストラリア大会2連覇,南アフリカ大会3連覇.チームとしてはとてもうまくいったのではないですか?

池上氏:優勝したのは,たしかにチームとしていろいろな手を打っていましたから,それが効いたのかもしれません.例えば,日本の気象衛星を使ってリアルタイムにオーストラリアの気象解析を日本の東海大学で行い,それをインマルサット(衛星電話回線)経由でレース中のサポート・カーで受け取っていました.太陽エネルギーに依存するソーラーカー・レースで,その恩恵は大きかったです.地元の天気予報だけを頼りに走っているチームに比べると,勇気と安心が得られました.

 それと,運が良かった.大きなトラブルが本当に起こらなかったのです.大きなトラブルが起こらないような工夫はいろいろと行っていたので,ある意味,当然ではあるのですが….

 大人たちと一緒に,いわば全日本チームのような形で学生が参加できました.結果も世界一でしたから,学生たちにとっては良い経験ができたのではないかと思います.

―― 2009年と2011年の大会では,苦労は異なりましたか?

池上氏:2011年のときはガリウムひ素系の太陽電池が使えなくなり,シャープ製からパナソニック製に切り替わりました.全体としては少しの改良で臨めましたし,そのときの学生たちも2009年に経験したスタッフが核となっていたので,わりと順調でした.2009年の時は,私もストレスが少なかったです.今考えると,理想的な展開で2連覇できました. 

―― 今年は3輪から4輪に変わります.新規開発ですか?

池上氏:はい.その意味では,今回はストレスがたまりそうな予感です(笑).

 それは冗談ですが,簡単でないことは確かです.われわれは,2位ではなく,再度優勝を狙っています.追いかけられていることは間違いないでしょう.いまや,ライバル各チームの開発状況はネットである程度調べることができます.その中で,どのチームが本命かは予測は付くけれど,想定外のチームの出現もあり得ます.逆に優勝を狙うチームは,東海大チームのソーラーカーを必ず分析しているでしょう.

 

 本記事中の写真2写真7は池上 敦哉 氏から,写真8写真10は東海大学から提供していただきました.

 

●参考URL
(1) 東海大学木村研究室のWebサイ
(2) Zero to Darwin ProjectのWebサイト
(3) Tech Village編集部;「東海大が南アフリカのソーラーカー・レース世界大会で3連覇達成!」,2012年10月9日.

 

まの・もとき

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