デバイス古今東西(24) ―― 人間の行動特性を考慮した半導体設計のタイム・マネージメント
半導体業界では,営業,マーケティング,製造に比べて設計は地味な作業です.しかし半導体の収益の源泉が設計にあることは,本コラムの第2回や第3回で述べた通りです.半導体設計はとても重要な工程なのです.この設計工程においては,人間の行動特性に起因する業務の遅延を見過ごすことはできません.本コラムでは,その人間の行動特性を取り上げ,その行動特性の一つである掛け持ち作業によるクリティカル・パスの問題,そしてクリティカル・チェーンについて述べます.
●人間の行動特性によって業務の遅延が発生する
筆者がマネージメントをしていた会社で,マルチコアのプロセッサを含むシステムLSI開発のプロジェクトに携わったことがあります.スケジュールを策定する際には安全性を念頭に置き,目標期限の遅延対策として余裕時間をあらかじめ準備していました.しかし,度重なる手戻り修正(iteration:イタレーション)や,人間の行動特性という要因により業務の遅延が発生しました.経営の視点からこれは見過ごすことができませんでした.というのも,本コラムの第19回でも述べた通り,タイム・マネージメントの重要性は経営を左右する問題だったからです.「手戻り修正」の話は別の機会に譲るとして,本コラムでは「人間の行動特性」に焦点を当てて話を進めます.
●プロジェクトにおける人間の行動特性による遅延とは
設計プロセスの現場を観察する中で,遅延を誘発する人間の行動特性について憂慮したことはありませんか? それはGoldratt(1)が言及していた問題です.Goldrattは,無駄な時間を消耗させて遅延を起こす要因を人間行動の特性に関連付けし,四つの因子として挙げています.その四つの因子について,以下に簡単に述べます.
(1)学生症候群
学生時代を思い出してみてください.宿題が出されてからその提出日まで,幾日か余裕時間が与えられています.すると多くの学生は,その宿題とは別の仕事(例えば趣味,多くは遊び)に手を染めてしまうことでしょう.これは宿題とは別に,まだ安全な余裕時間を含んでいると勝手に解釈しているからです.結果として,提出日ぎりぎりになるまで宿題に着手せず,最終的には一夜漬けの集中作業となります.その時には想定外の問題に打ちのめされ,提出が遅れてしまいます.あるいは徹夜などの突貫作業で間に合わせたとしても,宿題の成果物の品質は悪くなってしまいます.
ぎりぎりまで着手しない,あるいは一夜漬け,これが学生症候群です.学生症候群とは,安全性を考慮していた余裕時間を浪費する,時間の無駄遣いのことです.こういった行動は何も学生だけでなく,社会人にも十分当てはまる現象です.
(2)自己の予防線
今,直面している仕事が予定より早めに終了した場合にはどうなるのでしょうか.この場合,仕事が早く終了した事実は,上司に申告されにくくなります.なぜなら,正直に申告すると次回の仕事で不利になると本人は考えるからです.つまり自己防衛の心理が働き,自己に対する予防線を張る傾向があります.問題は,作業が早く終了して浮いた時間が単に無駄に消費されるだけで,プロジェクト全体の成果に反映されないことです.
(3)パーキンソンの法則
設計者がいつまでも設計作業を続け,計画した作業期間が満了してもなお延長されることがあります.すなわち計画予算はすべて使い尽くすまで消費される傾向があります.これを「パーキンソンの法則」と言います.Parkinson(2)は,作業の量は一定ではなく,いかようにも変動する,従って業務効率化などということがいかに空疎であるかを述べています.
この法則に基づくと,組織は拡大(肥大化)します.そして組織が拡大すれば,組織内での調整作業が幾何級数的に増大します.必要不可欠な作業は,計画予算をすべて使い尽くすか否かによらず実行されなければなりません.むしろ不必要な仕事はいくらでも作り出せるという組織内力学が,組織の拡大を推進し続けていることを示唆しています.これも時間とコストの無駄です.
(4)掛け持ち作業
とても優秀な人に仕事が集中することは少なくありません.特定の専門知識やノウハウを必要とする人材資源が限られている場合には,なおさらです.この場合,掛け持ち作業が頻繁に見られることとなります.掛け持ち作業とは,複数の作業を同一人物が進行させることです.掛け持ち作業は,人材資源の限定問題を解消できるアプローチであり,有効な手段と考えられています.ただし問題は,掛け持ちの作業が同時に生じる場合です.これを人材資源の競合と呼びます.
そもそも人間が二つのことを同時に行うことは,現実的にはほぼ不可能です.人間の精神や肉体を,それぞれ別の異なる空間に切り分けることはできません.そのような場合,計画していたスケジュールより遅れることになります.
●掛け持ち作業とクリティカル・パス
これまで長らく,プロジェクトの計画と管理には,PERT(Program Evaluation and Review Technique)やクリティカル・パス手法が利用されてきました.図1にPERT図の一例を示します.A→B→Cという経路では合計23日を要し,A→D→Cという経路では合計18日を要するので,前者の経路の作業期間を減らすことができるならばスケジュールを短縮できます.前者のA→B→Cという経路がクリティカル・パスです.
図1 クリティカル・パスとクリティカル・チェーン

クリティカル・パス上にある工程を重点的に管理することによりプロジェクト全体の納期を制御する方法は有効です.しかしクリティカル・パスには固有の問題があるのです.
●競合リソースに配慮するクリティカル・チェーン
その問題点とは,競合リソースの考慮不足です.つまり作業Bと作業Dが同一人物により同時に掛け持ちされている場合です.そこでGoldrattはプロジェクトの所要期間を左右する「競合リソース」という存在事実を確認し,競合リソースを回避するためのクリティカル・パスの配列や順列を多様に検討しました.それらの問題点を解決する手法としてTOC(Theory of Constraint:制約条件の理論)(3)に基づくクリティカル・チェーン(1)を提唱しました.
それまでクリティカル・パスは先行タスクとの接続関係だけで決定され,競合リソースは配慮されてきませんでした.すなわち,掛け持ち作業が同時に起こる場合にはクリティカル・パスは役立ちません.一方,クリティカル・チェーンは先行タスクとの関係性と,リソースの状況が考慮されたものです.つまり競合リソースは計画段階で解消されます.図1のPERT図上で,この競合リソースを考慮した場合の経路は,A→B→D→C,あるいはA→D→B→Cとなり,どちらも合計28日がかかります.これがこのPERT図上のクリティカル・チェーンです.
参考・引用*文献
(1)Goldratt, Eliyahu M.;"Critical Chain", The North River Press, 1997.
〔エリヤフ・ゴールドラット(三本木 亮訳);『クリティカルチェーン』,ダイヤモンド社,2003年.〕
(2)C. N. パーキンソン(森永 晴彦訳);『パーキンソンの法則』,至誠堂,1996年.
(3) Goldratt, Eliyahu M.;"The Goal: A Process of Ongoing Improvement", The North River Press, 1986.
〔エリヤフ・ゴールドラット (三本木 亮訳);『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』,ダイヤモンド社,2001年.〕
やまもと・やすし
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.
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