デバイス古今東西(19) ―― エレクトロニクス部品におけるタイム・マネージメントの重要性
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コラム 2010年11月25日
エレクトロニクスのような競争の激しい製品において,製品投入時期に直接関係する時間の管理すなわちタイム・マネージメントは,企業の競争力の点で重要です.製品投入時期と製品性能は,ほかの要素を多少犠牲にしたとしても,製品開発上,優先されるべき要素です.なお,本コラムでいうタイム・マネージメントとは,「スケジュール管理」,「時間の無駄取り」,「時間の増大」の三つの要素から成り立ちます.
●競争優位に立つためには市場早期投入が重要
製品開発から市場投入までの期間を短縮することは,競争優位の点で重要であると言われています.特に,昨今のエレクトロニクスのような製品のライフ・サイクルが2年以下の業界では,その傾向が著しいといえます.
製品開発の所要期間を圧縮するためには,以下のようなことを企業戦略として実現する必要があります.
- 製品開発の早期に顧客ニーズを特定すること
- 顧客ニーズを早急に製品設計として翻訳する能力を向上すること
- 製品の改良と拡充を継続的に対応し奨励すること
- 組織能力を向上させて作業を前倒しにすること
競争の激しい製品市場において,製品開発における時間の管理,すなわちタイム・マネージメントは企業の競争力の面で欠かせない領域の一つです.
●タイム・マネージメントの3要素
タイム・マネージメントは,三つの要素から成り立ちます.「スケジュール管理」,「時間の無駄取り」,「時間の増大」です.
一つ目の「スケジュール管理」とは,プロジェクト・マネージメントで一般的に利用されている管理手法です.事前に予定をどのように割り振るのか,実際にどのように仕事を進めるのかといった計画・実施・修正といったサイクルです.ガント・チャート,PERT(Program Evaluation and Review Technique),クリティカル・パス手法などのツールを用いる場合もあります.
二つ目の「時間の無駄取り」とは,時間を節約したり,無駄な時間をなくしたりすることです.
三つ目の「時間の増大」とは,他人の時間を拝借することです.自身の時間には物理的に限界があるからです.他人の時間を分けてもらうこと,または他人の専門知識の能力を分けてもらうことで,時間の増大を実現できます.
●製品投入を3カ月早めれば売り上げが伸ばせる
グローバルに展開し,激動するダイナミックな競争市場では,新製品とその開発過程が一層競争の焦点となっています.製品の市場投入を早く効率的に実行できる企業が,顧客期待とニーズを製品に反映させることができるなら,一層強い競争力を作り上げることができます.スピーディな市場投入は顧客反応を敏感にとらえ,市場調査を最新の状況にしておくことができます.そして,製品がより早く紹介されるほど,市場を占有する確率は高くなります.この状況は標準化が働く新興市場ほど,その命題は真といえます.
自動車業界では,競合に先駆けて4カ月から5カ月早く市場投入すれば,それが市場占有率に影響を与え,そしてそれが自動車企業の財務状況にも影響を与えるとされ,早期市場投入が重要な戦略となっています.例えば,10,000米国ドルで売られる車の場合,「一日の市場投入の遅れが約100万ドル相当の損失を与える」との研究報告があります.図1にTime-to-marketの代表的モデルを示します.3カ月分市場投入を早めることで,追加の売り上げが期待できるのです.

図1 製品投入を前倒しすると売上が増加する
出典:"Applying critical chain to improve the management of uncertainty in projects, Master Business Administration thesis", Massachusetts Institute of Technology, 1998(1*).
●製品開発における優先事項と収益性
製品開発は,製品性能,製品原価,設計開発費用,開発スピードという四つの要素のトレードオフ選択です.Preston G. Smith氏はこれら四つの要素の変数を変えることで,これらが製品サイクルにおける収益に与える影響をシミュレーションしています(図2).この図は,二つの異なる製品について企業のキャッシュ・フロー収益をベースに算出したものです.一つは伝統的な機械系の特定部品であり,他方はライフサイクルが短い特定のエレクトロニクス部品です.

図2 製品開発の要素が影響を及ぼす収益減少度合い
出典:"Winning the new products rat race", Machine Design, May, pp. 95-98, 1988(2*).
ここで結論として得られた知見は,機械系部品,エレクトロニクス部品のどちらにおいても,収益に影響を与える要素は「製品投入時期」と「製品性能」にあるということでした.それに比べて製品原価は,唯一の決定的要因とは言えませんでした.そして,設計開発費を含む研究開発費用が仮に50%予算を上回ったとしても,収益には直接大きな影響を与えない,ということが分かりました.つまりこの実証例においては,製品投入時期と製品性能という要素は,ほかの要素を多少犠牲にしたとしても製品開発の優先事項とすべきである,というのがPreston G. Smith氏の主張です.米国の大手コンサルティング会社であるMcKinsey & Company社のD.G.Reinertsen氏も,市場投入までの期間が収益上最も重要な因子であると指摘しており,製品開発におけるタイム・マネージメントは無視できないというのが一般的論調です.
参考・引用*文献
(1*)Cook, S. C.; "Applying critical chain to improve the management of uncertainty in projects, Master Business Administration thesis", Massachusetts Institute of Technology, 1998.
(2*)Smith, Preston G.; "Winning the new products rat race", Machine Design, May, pp. 95-98, 1988.
やまもと・やすし
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.
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