ギガビット高速信号伝送を理解するための基礎知識(後編) ―― 特性インピーダンスからコーディング方式,SerDes回路,イコライザ補償まで
Gbpsクラスの高速信号伝送を包括的に理解するために必要となる基礎知識についてまとめた解説記事の後編である.今回は,終端抵抗を考える際に必要となる伝送路の特性インピーダンス,実際の終端方法,高速伝送のためのコーディング方式,SerDes(シリアライザ/デシリアライザ)回路,イコライザによる信号波形の補償について解説する.(編集部)
●本記事の前編はこちら ギガビット高速信号伝送を理解するための基礎知識(前編) ―― 差動信号伝送の歴史,規格の違いから終端処理まで |
●テスタでは測れない特性インピーダンス
前編で示したように,終端抵抗は伝送路の特性インピーダンスとのマッチングを取り,信号の反射を防ぐために使用します.では,伝送路の特性インピーダンスとはなんでしょう?
入力終端抵抗が存在せず,波長に対してある長さ以上の伝送路では,図1のように入力終端部分で信号が反射し,出力端へ戻っていきます.出力がLowからHighに遷移したとき,ハイ・インピーダンス入力端でのプラス側への信号の反射(オーバ・シュート)と,伝送路を伝って低インピーダンス出力端に戻ってきたマイナス側への信号の反射(アンダ・シュート)の繰り返しが,私たちが「リンギング」と呼んでいる波形のあばれの原因です.信号がHighからLowに遷移した場合も同じような挙動になります.
「100Ω差動ケーブル」,「シングルエンド50Ω同軸ケーブル」,「プリント基板の50Ωマイクロストリップ・ライン」など,特性インピーダンスは抵抗値で表示されますが,実際にテスタで測定しても大きな抵抗は存在しません(ほぼ0Ω).では,なぜ「インピーダンス」と呼ぶのでしょう?
純抵抗(実数部)とリアクタンス(虚数部)を合わせたものがインピーダンスとなります.RLC直列回路では,図2のZ0の式のようになります.
R,L,Cの直列回路のインピーダンスは,純抵抗成分のRと,角速度(周波数)を係数とするリアクタンス成分の合計になります.実はケーブルやプリント基板のマイクロストリップ・ラインといった伝送路も,図3のように流れる信号の差動間同士,あるいは信号とGND(シールド)の間の正電荷,負電荷の結合により,RCL回路と同じようなインピーダンスの特性を持っています.このことから,伝送路の性質を「特性インピーダンス(Characteristic Impedance)」と呼んでいます.
●特性インピーダンスは周波数や伝送路の長さとは無関係
ケーブルやプリント基板上の配線に対して,単位長さ当たりの寄生インダクタンス(L)や寄生容量(C)の値が定義されているわけではありませんが,ケーブルやまっすぐなマイクロストリップ・ラインのインピーダンスは,図4のCLRG回路と等価であると考えます.
この回路のインピーダンスZ0は,角速度jωの係数として以下の式で表現できます.
R(導体損失)とG(誘電体損失)は,jωL,jωCと比べて十分に小さいものとして無視します.また,分母と分子から周波数に依存するjω(ω=2πf )も消去できるので,単位長さ当たりのインピーダンスはとなり,単純にリアクタンス成分のLとCで表現されます.このことから,伝送路の特性インピーダンスは周波数に依存しないことが分かります.
次に,長さをaとし,ケーブルのインダクタンスの合計をa×L,キャパシタンスの合計をa×Cとしても,となり,分母と分子のaが消去されてとなります.すなわち,特性インピーダンスはケーブル長にも関係がないことが分かります.
ただし,実際には電荷が伝送路上を結合しながら波のように伝搬するため,「ケーブルを折る」,「プリント基板上で鋭角な配線を行う」,「近辺に電荷が結合する物質(他の信号配線など)がある」など,差動間もしくは信号・GND間の素直な電荷の結合を乱す要因があると,特性インピーダンスは大きく乱れ,単純にのように近似できません.
ケーブルや配線の終端に特性インピーダンスと同じ抵抗を付けると,論理上信号のエネルギーが終端で100%吸収され,信号が反射しません.「ケーブルや基板伝送路の特性インピーダンスに合わせた終端抵抗を付けると信号は反射しない」という理解が分かりやすいでしょう.そのために終端抵抗は固定の決まった値ではなく,伝送路それぞれの特性インピーダンスに合った抵抗値を使用します.
さて,皆さんが信号伝送としてイメージする出力・入力信号の挙動は,図5のような反射のない信号波形ではないでしょうか?
終端抵抗のない伝送路では,信号のエネルギーはハイ・インピーダンスの受信端で反射します.反射のないきれいな信号伝送を行うためには,伝送路の特性インピーダンスに合わせた終端抵抗が必要です.しかし,CMOSやTTLなどのシングルエンド信号のように振幅電圧が大きいと,終端抵抗で消費される電力はW=V2/Rとなり,電圧の2乗で大きくなります.低速の信号伝送の場合,反射によるリンギングが次のサイクルまでに安定するので,必ずしも終端抵抗を使用する必要はありませんでした.反射を低減させる別の対処法として,矩形波のエッジ・レートを下げ,信号に含まれる高い周波数成分を低減させる方法もあります.しかし,矩形波ディジタル信号の高速伝送の場合,ACタイミングが厳しくなるため,不向きと言えるでしょう.