デバイス古今東西(49) ―― 「誰もやめない会社」と言われるLinear Technology,なぜ30年間も成長を続けられたのか

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2013年5月31日

 アナログ半導体を代表する1社である米国Linear Technology社に関する書籍『誰もやめない会社:シニア・エンジニアが生きる無敵のマネジメント』(1)を紹介します.本書は,同社が30年間成長を続けて来られた理由についてまとめています.ここではその主張を,多少批判的な見解も交えながら,考察していきます.

 

●アナログ半導体とLinear Technology

 調査会社である米国Databeans社によれば,2011年のアナログ半導体は,上位10社で世界市場の55%以上を占めています.アナログ半導体の筆頭は,旧National Semiconductor社を買収して市場の15%以上を占有している米国Texas Instruments社です.ルネサス エレクトロニクス(10位,市場占有率は2.6%)を除くと,あとの9社はすべて欧米の半導体メーカです.

 「アナログ半導体」の定義はさまざまです.例えばミックスト・シグナルLSI(アナログ・ディジタル混在LSI)はアナログ半導体に含まれるのか,ディジタル半導体に含まれるのか,判断に困ります.「半導体」をICと捉えると,大電力用のパワーMOSFETやバイポーラ・トランジスタ,IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)などが除外されることもあります.Databeans社の場合は,これらもすべて対象としているようです(こちらのWebページを参照).

 アナログ半導体事業を持っているメーカの多くは,ディジタル半導体のメーカと比べて,不況に強く,売り上げが安定しています.これはディジタル半導体と比べて,産業,計測,医療,通信,インフラなどの用途の比率が高いからです.ディジタル民生機器やコンピュータと比べると,数量は圧倒的に少ないのですが,製品寿命の長いものが多いようです.また,売上総利益率が高いことでも知られています.売上総利益率とは,売上高に対する,売上高から売上原価を差し引いた値の割合です.例えばここで取り上げるLinear Technology社の場合,2010年6月期は48.1%,2011年6月期は51.7%,2012年6月期は45.9%です.経営指標が極めて高いと言われている米国Intel社や米国Xilinx社,米国Altera社などと肩を並べています.

 

●なぜ30年間も成長を続けて来られたのか

 Linear Technology社が30年間成長を続けて来られた理由は,同社のルールの中に"らしさ"があったからだとされています.そのいくつかを紹介します.

 まず一つ目のルールは,「古い商品を新しい商品と入れ替えることはしない」です.顧客数がゼロになるか,製品製造に必要な材料・部材が入手不可にならない限り,つまり「顧客が1社でもいる限り,製造中止にしない」のだそうです.実際,30年前に発売された製品が今でも売り続けられています.

 二つ目のルールは,「数が見込める市場からは撤退する」です.これは,2000年代後半にコンシューマ(民生用)市場から撤退し,産業,計測,医療,車載向けのパワー・マネージメントIC(本コラムの第41回を参照)や電池監視IC(電池セルの充放電の監視により電池の効率を改善したり,寿命を延ばしたりするIC.本コラムの第44回を参照)へ経営資源を集中させたことを指しています.一見,一つ目の「古い商品を新しい商品と入れ替えることはしない」というルールと矛盾するように見えますが,用途の対象領域を入れ替えるか否かという点が異なる,と解釈されます.いわゆる,マーケティング戦略の一つである「リポジショニング」です.

 三つ目のルールは,「世間では少ないほうがいいと言われる在庫は潤沢に持つ」です.ただし,実はこの「在庫」とは完成した製品ではなく,半製品すなわち経理上の用語で「仕掛品」に相当します.この仕掛品を同社では「ダイバンク(Die Bank)」と呼んでおり,半導体の製造プロセスを完了したチップ(ダイ)をウェハの形で,常に4~6カ月分,保有しているそうです.「アナログ半導体はディジタル半導体より前工程の製造処理により時間がかかり,後工程を含めたすべての完成品ができるまでに16~18週間もの期間が必要となりる.後工程終了の製品より在庫負担軽減,製品寿命が10年以上の長い産業・計測・医療機器が大半のため,在庫が売れ残るリスクは低い」のだそうです.

 四つ目のルールは,「効率を求めて製造拠点を集中させることはしない」です.2011年にタイ中部で大洪水が発生しました.その地域でLSI生産などを手掛けるロームの二つの工場は,被災により生産を停止し,自動車・エレクトロニクス機器向けの販売が大きく落ち込んでしまいました.一方,Linear Technology社は前工程,後工程とも2カ所以上の生産拠点を設けており,災害などで一方の拠点が止まっても,もう一方で代替生産できるようにしているそうです.「ダイバンク自体も世界の3拠点に分散させることで,災害時のリスクを軽減している.念には念を入れるというほど,半導体の生産設備の事業継続性に力を入れている」と言います.こうしたリスク分散が功を奏して,自動車向けアナログ半導体の代替品の注文が殺到したそうです.

 五つ目は,ルールではないのですが,同社が設立された1981年以降の30年間,買収や合併(M&A)を行わなかったという点です.米国社会では当たり前の企業の買収や合併を行わずに成長を続けてきたことは,とても珍しいことです.

 六つ目は,「アナログ・グル」と言われる老練なシニア技術者の存在です.例えば,製品仕様をまとめたデータシートについて,「顧客にとって分かりやすい,疑問を挟む余地のないデータシートを作れば,あとから電話で問い合わせを受けることはなくなる」と言います.アナログ・グルの仕事の一つは,仲間にこのデータシートの書き方を教えることなのだそうです.

 

●Linear Technology特有の事情ではない

 ここまで,『誰もやめない会社:シニア・エンジニアが生きる無敵のマネジメント』に記されていたLinear Technology社のルールや"らしさ"を紹介しましたが,これは同社特有の事情であるとは必ずしも言えません.例えば,米国RCA(Radio Corporation of America)社(本コラムの第47回を参照)で開発されたアナログ半導体の多くは,度重なる買収で行き着いた先の米国Intersil社が,現在でも製造・販売を続けています.

 最近では様子が変わりましたが,かつての日本の半導体メーカは顧客が購入していることを承知で,「ディスコン(製造中止)」宣言する勇気を持ち合わせていませんでした.数量が出るコンシューマ市場では新興企業との競争が激化するので,撤退する企業が数多く存在します.また,仕掛品を在庫として持つことは納期遅延リスクを防ぎ,製造拠点の分散は供給リスクを低減させます.さらに,企業の買収・合併は,かつての日本の半導体メーカではほぼ皆無でした.

 このように,Linear Technology社のルールは(特に日本では)必ずしも特殊な事情ではないように思います.

 日本のアナログ半導体の設計・開発技術は,1970年後半から1990年前半まで,質・量ともに世界でもトップ・クラスでした.オーディオ用やブラウン管テレビ用の半導体はアナログ半導体のかたまりでした.そして筆者が記憶する限り,当時の日立製作所や富士通は,欧米でも希少な,フラッシュ型(並列比較型)の高速A-Dコンバータを量産しており,医療や放送などの産業用として利用されていました.さらに,当時は設計が困難だった100MbpsのEthernet用物理層LSIも,数社の日本の半導体メーカが手がけていました.

 1990年以降,日本の半導体業界はディジタル中心の世界へと移行していきました.アナログのシニア技術者は排除されたり,年齢を重ねるとともに組織を管理する側に回されました.生涯現役技術者という「アナログ・グル」のような生き方は,日本の大企業ではほとんど認められなかったのです.

 『誰もやめない会社:シニア・エンジニアが生きる無敵のマネジメント』では,日本の企業にLinear Technology社をお手本にすることを勧めています.「日本のメーカの生きる道がここにある」という主張です.しかし,同社のルールや"らしさ"は(生涯現役技術者という雇用機会の件は除いて)必ずしも特殊なことではなく,昔は当たり前のように行われていました.

 ただし,「アナログ・グル」のような生き方は,日本ではなく「全世界」という市場を相手にするのならば,十分にチャンスがあると思います.今でも日本の技術者は,優れた能力とチーム力を持っていると称賛されているからです(2)

 

 

●参考文献
(1) 片瀬京子,蓬田宏樹(日経エレクトロニクス 監修);「誰もやめない会社:シニア・エンジニアが生きる無敵のマネジメント」,日経BP社,2012年11月.
(2) Charlie Cheng;"For 2012,Power,Japan,and Packaging Represents Semiconductor Opportunity",Kilopass Technology, Inc.,http://www.kilopass.com/for-2012-power-japan-and-packaging-represents-semiconductor-opportunity/

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

 

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