デバイス古今東西(44) ―― リチウムイオン電池への導入が進む「適応制御」の考え方

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2012年12月21日

 米国Apple社は,リチウム(Li)イオン電池の充電時間を短縮し,駆動時間と電池寿命を伸ばす「アダプティブ・チャージ(Adaptive Charging)」という方式のバッテリ管理システムを同社のノート・パソコン(MacBook Proなど)に利用しています.ここでは,このアダプティブ・チャージ方式について紹介します.

 

●生物学や制御工学で使われるキーワード「アダプティブ」

 アダプティブ・チャージ技術の適用は,2009年に発表されました.これは電池の化学材料や電源管理LSIなど,複雑なシステムであると言われていますが,具体的な技術内容は開示されていません.

 「アダプティブ(適応)」という概念は,生物学などで用いられるキーワードです.生物はある環境のもとで生活するのに有利な,あるいは生存や繁殖のために有利な形質を持っています.そのため,生物は個々の環境にうまく対応できます.これが生物学における「アダプティブ」,すなわち「適応」です.適応は,チャールズ・ダーウィンの進化論の発見の一つです.ダーウィンの「適者生存」という考え方は,適応できる生物だけが生存する,すなわち"Adaptive to Survive"とも解釈できます.

 「アダプティブ」という概念は工学系分野の制御工学理論でも使われています.制御工学とは,入出力を持つシステムにおいて,出力を制御する手法についての学問です.制御工学においては,まれに制御対象の特性が未知または予測不可能で,最適な制御パラメータを事前に決定できない場合があります.例えば,制御対象が時々刻々と変化するものであれば,その特性に合わせて制御装置の制御定数を変化させて制御しなければなりません.実際の制御の時に特性を自動的・連続的に測定しながら,それに応じて制御パラメータを自動的・連続的に変える方式が「適応制御(Adaptive Control)」です.

 

●アダプティブ・チャージ方式で実現できる二つの最適化

 リチウムイオン電池で用いられるアダプティブ・チャージ方式で検索すると,数多くの学術論文や特許資料が見つかります.そのうちの一つの定義を筆者流に解釈すると,アダプティブ・チャージ方式とはリチウムイオン電池の新たな充放電方式とみなすことができます(1).「過充電」,「過放電」,「通常」,「劣化」といった動作状況を決定し,電池のセルを高い充電状態に維持させながら,より電池の寿命を向上させることがこの方式のねらいです.

 仮に制御理論の「適応制御」の概念をApple社のノート・パソコンに当てはめたとすると,「リチウムイオン電池そのものを最適に制御するため,その電池の特性を自動的・連続的に測定し,それに応じて制御パラメータを自動的・連続的に変えているもの」ということになります.さらに,Apple社のWebページによると,その最適化の制御には少なくとも二つの課題があったと考えられます.一つは「いかに高速に充電させるか」,もう一つは「充放電回数をいかに増やすか」,ということです.

 高速充電の最適化は,その時の充電量と温度をモニタしながら,リチウムイオン電池のセルに最適な電流を流し込むことです.この最適化の制御により,高速充電を実現できます.図1は従来型方式とアダプティブ・チャージ方式の対比イメージです.仮に0%から50%前後へ充電量を増やすのに,従来60分かかっていたものが,20分程度で済むのであれば,とても有効な手段であるといえます.

 

図1 充電時間改善のイメージ

 

 

 次に,充放電回数の最適化について考えてみます.Apple社の定義する充放電回数とは何でしょう? 同社のWebのサポート・ページに,以下のような記述があります.

「Macノートブックのバッテリの使用は,『充放電回数』という形で示されます.充放電回数が上限を超えてもバッテリを使い続けることはできますが,バッテリの駆動時間は短くなります.バッテリに充放電した回数と,残された充放電可能回数を知ることで,バッテリの交換時期がわかります.最高のパフォーマンスを得るには,充放電回数が上限を超えたら新しいバッテリに交換してください」

 上記の説明から,充放電回数には最大値があらかじめ与えられており,その最大値が電池の最適な寿命としています.従って,充放電回数を増加させることができれば,電池の耐用年数を大幅に伸ばすことができます.さらに,以下のような記述もあります.

「1回の充電サイクルを完了するたびにバッテリ容量はわずかに減っていきます.しかし,バッテリが磨耗して当初の容量の80%しか充電できなくなるまでに,ノートブックコンピュータもiPodもiPhoneも,バッテリの充電を何回も繰り返すことができます」

 つまり,充放電回数が増えるにつれて,保有できる電池容量は減少していくことになります.そして,もともとの電池容量が80%に落ちたときを電池の寿命,すなわち交換時期と定義しています.その時が最大充放電回数です.なお充電できる回数はコンピュータの機種によって異なり,300~1000回となっています.これらの回数は,従来の3倍に相当すると言われています.

 上記を元に推論したサイクル寿命特性を図2に示します.縦軸が放電容量維持率,横軸が充放電回数(充放電サイクル数)です.従来方式,アダプティブ・チャージ方式ともに充放電回数が増加すると,最初に保有できる電池容量(100%)から減っていきます.従来方式の3倍であると仮定して,アダプティブ・チャージ方式の変化を示しています.1回当たりの充放電によって放電容量維持率の減少を抑えることで,最大充放電回数を増やすことができます.この部分を適応制御によって実現していると考えられます.

 

図2 サイクル寿命特性改善のイメージ

 

 

●電池特性のモデリングが行われている

 上記のアクティブ・チャージ方式の説明は,あくまでも筆者の仮定に基づく推論なので,細かいところでは違いがあるかと思います.仮にこの推論が正しいとすると,おそらくApple社は商品化前の試作機で適応テストを行い,適応制御システムを実現したと考えられます.

 具体的にはノート・パソコンに依存した電池特性のデータを収集してモデル化することと,および各ノート・パソコンの理想的な電池特性モデルを構築することです.そして,いかにその理想モデルの状態に近づけるかというしくみを適応制御で実現していると考えられます.

 

参考文献
(1) Albert H. Zimmerman,Michael V. Quinzio;"Adaptive Charging Method for Lithium-Ion Battery Cells",March 20,2001(Patent No. US 6,204,634).

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

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