デバイス古今東西(41) ―― 逆境でも成長を維持するパワー・マネージメントIC市場,欧米メーカは多機能化と省エネを求める車載・産業用・通信分野へシフト
多機能化と省エネへの対応が求められる電子機器では,電源管理の機能の果たす役割が大きくなっています.電子機器の薄型化・軽量化・小型化につながるからです.一方,パワー・マネージメントICの市場は参入企業が多く,競争が激化しています.これは参入障壁が低いからです.多くの企業には,どのように収益性を維持していくかが問われています.
ここでは電源ICの延長線上にあるパワー・マネージメントICと,日本企業および欧米企業の戦略について触れます.
●パワー・マネージメントICのトップ企業はTexas Instruments社
携帯電話やスマートフォン,デジカメ,ビデオ・カメラ,ノート・パソコンといったディジタル家電は,年々高機能化しています.多くの消費者は,長時間動作のバッテリ寿命を要求し,薄型化・軽量化・小型化を要望し,さらに低価格を期待します.ディジタル家電のハードウェア設計者は,この三つを同時に解決する問題にいつも直面しています.三つのうちの一つを犠牲にして,残りの二つを満足させることは,なんとか可能です.しかし,同時に三つを満足させるためには,なんらかのイノベーションが必要です.
こうした問題の解決策の一つの候補がパワー・マネージメントICの利用です.パワー・マネージメントICは,対象物内の一つまたは複数の電源供給を管理する集積回路です.現在のディジタル家電機器は,マイクロプロセッサやFPGA(Field Programmable Gate Array),DSP(Digital Signal Processor),メモリ,液晶パネルなど,数多くのLSIや電子部品を搭載しており,それぞれの求める電圧が異なります.これらをきちんと管理する必要があります.
パワー・マネージメントICについての確定した定義はありません.電源ICのもっとも単純な機能素子として知られているレギュレータやDC-DCコンバータ,チャージ・ポンプ回路を含む場合と含まない場合があるようです(1).米国の調査会社であるIHS/iSuppli社は,この市場の定義として,そういった電源ICのほかに,電源インターフェース,ドライバ,温度管理,そして車載機器や産業機器向けの電源管理回路を含むICを主な対象としています.さらにディスクリートのパワー半導体も対象として含めているようです.同社は2012年9月4日に,パワー・マネージメントICの売上上位10社を発表しています(表1)(2).
表1 パワー・マネージメントICメーカの売上上位10社(単位は十億米ドル)
2011年 ランキング |
企業名 | 2011年 売上 |
2010年 売上 |
対前年比 |
1 | Texas Instruments社 | 3.18 | 2.54 | 25.1% |
2 | STMicroelectronics社 | 2.25 | 2.29 | -1.6% |
3 | Infineon Technologies社 | 2.09 | 2.00 | 4.4% |
4 | 三菱電機 | 1.65 | 1.01 | 51.7% |
5 | ルネサス テクノロジ | 1.37 | 1.50 | -8.2% |
6 | 東芝 | 1.24 | 1.33 | -6.5% |
7 | Maxim Integrated Products社 | 1.24 | 1.16 | 6.9% |
8 | Fairchild Semiconductor社 | 1.18 | 1.16 | 2.1% |
9 | International Rectifier社 | 1.14 | 1.06 | 7.4% |
10 | On Semiconductor社 | 1.05 | 0.86 | 22.3% |
トップ企業の米国Texas Instruments社は,National Semiconductor社を買収したことにより,この分野で大きな成長を実現しました.On Semiconductor社が10位に入ったのは,旧三洋電機 半導体部門の買収の影響です.日本企業としては,三菱電機,ルネサス テクノロジ,東芝が名前を連ねています.しかしその売り上げの多くは,高機能なパワー・マネージメントICというよりディスクリートのパワー半導体が中心と思われます.
●欧米企業は車載・産業用・通信分野へシフト,日本企業は?
IHS/iSuppli社によれば,パワー・マネージメントICの市場(総売上)は2010年の313億米ドルから2011年には1.8%増の319億米ドルに成長しているとのことです.一方,半導体市場全体では,同じ期間で対前年比1.4%のマイナス成長という結果になっています.つまり逆境の半導体市場において,パワー・マネージメントICの市場はプラス成長となっているのです.
欧米の多くのパワー・マネージメントICメーカは,多機能化と省エネを求める車載機器や産業用機器,通信機器などの分野にシフトしようとしています(表2).単なる電源ICやその複合デバイスではなく,アナログ・ディジタル混在,あるいはシステム化した高付加価値のパワー・マネージメントICへと向かっています.そして従来のIDM(Integrated Device Manufacturer;垂直統合型半導体メーカ)モデルではなく,外部のシリコン・ファウンドリに製造を委託しています.ただし,高付加価値ICの市場は消費者向けの民生機器市場と比べると,はるかに規模が小さいので,利益を得る機会が限られてしまうという問題があります.
表2 パワー・マネージメントICメーカの日本企業と欧米企業の違い
主たるファブ | 主たる用途 | 付加価値 | 単価 | 数量 | |
日本企業 | 内製IDM | 民生機器 | 小~中 | 小~中 | 大 |
欧米企業 | 先端の 外部ファブ |
車載機器,産業用 機器,通信機器 |
中~大 | 中~大 | 小~中 |
一方,日本の主たるパワー・マネージメントICメーカは,ディスクリートのパワー半導体を除くと,ルネサス エレクトロニクス,リコー,ローム,トレックス,セイコーインスツルなどが挙げられます.これらの企業の多くは,減価償却が進んだ内製ファブを利用しています.そして納入先は民生機器メーカがほとんどです.つまり,車載機器や産業用機器,通信機器と比べて,部品単体のグロス・マージンが低く,付加価値形成は低いものの,圧倒的な数量の出荷で絶対利益を確保しています.
欧米企業は戦略転換しました.一方,日本の企業は自前のファブの利用を維持しながら,民生市場を対象として,従来型の派生品の設計,製造,販売を続けていくのか,あるいは欧米流の高付加価値の市場を後追いするのか,今,選択を迫られています.
●参考文献
(1) 特集「電池のしくみと低消費電力回路&電池用電源回路の作り方,長時間動作のためのバッテリ活用術」,トランジスタ技術,2008年6月号.
(2) IHS/iSuppli;Texas Instruments is Top Power Management Semiconductor Supplier in Dense and Crowded Field,Market Watch,Sep 4, 2012.
やまもと・やすし
●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.