デバイス古今東西(43) ―― 続・なぜ世界的ハイテク企業がイスラエルに引きつけられるのか

山本 靖

tag: 半導体 実装 電子回路

コラム 2012年11月27日

 イスラエルは,イノベーション(技術革新)力だけでなく起業家精神が他の国よりも旺盛だと言われています.ここでは,イノベーションと起業家精神を支えるイスラエル人の気質が,兵役義務制度と"キブツ"と呼ばれる文化・生活にかかわりがあることについて説明します.

 

●起業家精神が旺盛なイスラエル

 前回のコラムでも紹介した『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか? ―― イノベーションが次々に生まれる秘密』(1)の著者であるDan Senor氏とSaul Singer氏によれば,イスラエルにおける一人当たりのベンチャ・キャピタルの投資金額は米国の2.5倍,欧州の30倍,インドの350倍です(図1).2008年にはベンチャ・キャピタルにより,およそ20億USドル相当のイスラエル国内からの投資がありました.金額そのものは大きくないのですが,イスラエルの人口が710万人であることを考慮すると,決して小さな金額とは言えません.これが,イスラエルが「起業国家(Start-up Nation)」と呼ばれている理由の一つです.

 

図1 2007年と2008年の一人当たりベンチャ投資額

出典:『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか? ―― イノベーションが次々に生まれる秘密』(1)

 

 

 大学や政府に対する起業家関連の支援を行うカウフマン財団(Kauffman Foundation) 前理事長のCarl Schramm氏は,「起業家,ならびに起業家が起業して米国で新規雇用を毎年創出する企業の存在なしに,米国を支援する新しい富は形成されない」(2)と述べ,起業家精神の重要性を説いています.イスラエル国家もそれを認識しています.

 

●兵役と共同体の生活が起業家を育む土壌に

 『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか?』には,「イスラエルをこれほどまで革新的で起業家精神にあふれる国にした原因は何か」とあり,その手掛かりとして「濃密なクラスタ」(本コラムの第36回を参照)を挙げています.そして,「クラスタを構成しているのは,所在地が互いに近接している一流大学,大企業,スタートアップ,そしてこれらを結びつける生態系だ.このクラスタの構成要素で目に見えるのが,軍隊の役割である」と述べ,起業家精神を育んでいる一因としてイスラエル国防軍の存在があることを指摘しています.またその特徴として,「上下関係の厳しさに縁がないところだと広く認められている」,「ただの一兵卒が士官に敬礼することもない」,「階級で評価されるわけではない」,「本人が得意にしていることによって評価される」ということが挙げられています.

 イスラエル国防軍にも階級はありますが,「階級意識は欠如」しているそうです.本書を読む限り,イスラエル国防軍はかなり民主的な組織です.

 そして民主的かつ集団的な組織を育み,社会を動かすイノベーションの根源の一つが"キブツ"というイスラエル独特の文化・生活です.キブツは農業共同体を出発点とした共同組合です.集団自治に関するあらゆる疑問について徹底的に議論する集団であり,私有財産を破棄しながらも,最高の質を求めることに専念した共同体です.キブツは全イスラエル人口の2%以下であるにもかかわらず国全体の輸出額の12%を生産しています.そしてキブツは国会議員の15%を輩出しており,国全体に対して少なからぬ影響力を持っています.

 最も議論の的になりそうなのが,子供たちがそこで共同で育てられることが多いという点です.「ほとんどのキブツには『子供の家』があり,子供たちはそこで暮らし,キブツのメンバの手によって育てられた」,「寝るときは仲間といっしょで,両親の家で寝ることはない」と言います.子供のころから民主的かつ集団的な組織の中で生活することで,徹底的に議論する能力を身に付けるに至った,と考えられます.

 

●大手企業を離れる技術者が日本の今後の起業力を左右する

 日本のエレクトロニクス産業は縮小しつつも,イノベーションの多発的創発は多い方だと思います.一方,起業家精神や起業力は米国と比べて低いと言えます.図1の一人当たりのベンチャ・キャピタルからの投資金額の国別比較では,日本は名前すら出ていません.問題は,さまざまな矛盾を感じながら大手企業を離れる方々が,これからその矛盾をいかにエネルギーとして吸収し進化していくか,ということだと思います.

 元早稲田大学大学院教授の柳 孝一 氏は,「起業力とは起業をいかにうまく行うかに関する総合的な能力であり,それは後天的に習得し,向上させることができる」と述べています.「資質的に起業力を身につけやすい人とそうでない人の個人差はあり得るものの,それは決定的な差ではなく,『身につけよう』という意志の強さと経験,環境といった要因の方がウェートが高いと考えられる」と語っています(3)

 大手企業を離れる方々が今後どう変わっていくのか,それによって今後の日本の起業力が左右されると筆者は見ています.私たちがイスラエルの文化や生活を踏襲することはできませんが,「起業国家」の考え方や背景は参考になると思います.

 

 

●参考文献
(1) ダン・セノール,シャウル・シンゲル著,宮本 喜一 訳;『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか? ―― イノベーションが次々に生まれる秘密』,ダイヤモンド社,2012年5月.
(2)Carl J. Schramm(President and Chief Executive Officer, Ewing Marion Kauffman Foundation Members);"YOUR SERVICE TO THE NATION: JOIN THE ARMY OF ENTREPRENEURS",Commencement Address University of Illinois at Urbana-Champaign,March 17,2009.
(3) 柳 孝一;起業力をつける,日本経済新聞社,1997年7月.

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

 

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