デバイス古今東西(42) ―― なぜ世界的ハイテク企業がイスラエルに引きつけられるのか

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2012年10月24日

 Apple社,Google社,Microsoft社,Intel社など,世界的な技術系企業の多くがイスラエルに注目しています.なぜでしょう? それは両立が難しい「イノベーション創発」と「起業家精神」の二つを併せ持つイスラエル人の気質によるようです.ここでは,そのあたりのことを解説した良書を紹介します.

 

●起業国家(Start-up Nation)イスラエル

 筆者の知り合いであるイスラエル人が大手米国企業の日本駐在の任をとかれ,イスラエルに帰国しました.イスラエルで起業の準備をするそうです.その知人が離日する時に,『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか? ―― イノベーションが次々に生まれる秘密』(ダイヤモンド社 刊)(1)という書籍を送付してくれました.

 本書によると,イスラエルが起業国家と言われるゆえんは,イスラエル人が「イノベーション創発」と「起業家精神」の二つを両立させているところにあるそうです.「イノベーション創発」,「起業家精神」のどちらか一方を実現することは,比較的容易かもしれません.日本はイノベーションについては国際的に競争力を持つ企業が多く存在します.一方,起業家精神や起業力は米国と比べてレベルが低いと筆者は見ています.イスラエル人がこの二つを両立できているのは,歴史や文化を通じて形成されてきたイスラエル人が持つ素養,文化,生活様式などによります.

 本書では,ハイテク企業の代表として,Intel社のイスラエルにある拠点の事例が紹介されています.1974年にイスラエルのHaifa(ハイファ)に研究開発要員として5人のエンジニアを雇い入れたのがIntel社のイスラエルにおける事業の始まりです.1980年にはそのHaifaのチームが中心となってプロセッサ「8088」の設計を主導しました.8088はIBM社初のパーソナル・コンピュータ(PC)に採用され,Intel社にとって歴史的なブレーク・スルーとなりました.以降,1986年になると,Intel社唯一の米国外のチップ工場として「80386」がイスラエルで製造されました.2003年にノート・パソコン用として発表された「Centrino」と名付けられた新しいチップの開発コード・ネームは「Banias(バニアス)」ですが,これはイスラエル北部の天然湧水にちなんだ名前でした.

 Intel社のWebページによれば,現在,イスラエル国内で6,600名を雇用し(ちなみに,日本国内での雇用は2011年12月末現在で約580 名),12億米ドルの輸出規模を生み出しています.これは,イスラエルの電子・IT産業の輸出合計金額の14%に相当します.

 1990年代初頭に筆者は業務で,米国University of California, Berkeley(UCバークレー校)の研究成果をもとに商用として初めてのFPGA(Field Programmable Gate Array)用の論理合成ソフトウェアを開発していたベンチャ企業に株式投融資を行い,国内の総販売権を取得しました.その会社の起業に携わていた開発者の一人がイスラエル人でした.彼は,兵役の後にTechnion(イスラエル工科大学)を卒業し,1984~1989年にIntel社に在籍していたときに,「80486」設計用として内製の論理合成ツールの研究開発に携わっていたそうです.おそらく当時は,Intel社内で開発された独自のハードウェア設計言語を利用していたはずです.VHDLやVerilog HDLが標準化される以前の話です.世界的にハイテクの代表格であるIntel社が,イスラエルに引きつけられてきたのは事実だと思います.

 

●失敗に対する寛容性と忍耐力が起業国家の源

 本書で述べられているように,「なぜ世界的ハイテク企業がイスラエルに引きつけられるのか」という問いに対する答えは,イノベーションと起業家精神を支えるイスラエル人の気質にあります.

 例えば,イスラエル人の素養の一つとして,知的な失敗に対する文化的な寛容性がある,と本書は指摘しています.日本では,事業の失敗における敗者復活はほとんど容認されません.米国Harvard University(ハーバード大学)では失敗から学ぶ戦略構築についての研究があります.失敗学習の効用をたよりに戦略を構築し,次の事業が成功する確率を高めよう,ということです.

 また,イスラエル人の忍耐力も大きな素養の一つです.「多国籍企業がイスラエルに進出する現象は,エンジニアリングの才能の存在だけでは十分に説明しきれない.それはまた,個人的成功と国家的成功への意欲といった,もっと漠然とした問題でもある.イスラエル人にはこれを表現する"ダウカ"という翻訳しにくいヘブライ語がある."しつこく食い下がる"というニュアンスを含んだ"それでも"という意味だ」,と本書では説明されています.いわゆるイスラエル人の「ねばり腰」です.

 企業の本質は戦略と組織と言われますが,イスラエルでは組織にも特徴があります.イスラエルの文化・生活から超民主的かつ超集団的な組織が育まれていることです.言い換えると,イスラエル人の「チームワーク形成」,「高い任務遂行能力」,「リスクと学際的な創造力に対する独特な姿勢」です.それは,イスラエル国防軍と,"キブツ"と呼ばれる協同組合によります.前者は兵役義務の制度であり,後者は私有財産を破棄して最高の質を求める農業共同体を出発点とした協同組合です.この二つの役割については,次回のコラムで述べます.

 

●国策の企業誘致もイスラエルが注目を集めていた要因の一つ

 筆者は1994年ごろに初めてイスラエルを訪れました.世界初の商用フルカラー・オンデマンド印刷機を開発したIndigo社が米国のNASDAQ(National Association of Securities Dealers Automated Quotations)に株式公開した直後です.たくさんのスバルの車が走り,Indigo社のビルがまぶしいほど光っていたのを記憶しています.

 当時は,数多くの米国の大手半導体メーカがイスラエルに進出していました.背景には,イスラエルがアイルランドと競争しながら企業誘致に取り組んでいたこともあります.ハイテク企業がイスラエルに引きつけられる要因は,政府による補助金と減税による効果があったことも追記しておきます. 

 

 

●参考文献
(1) ダン・セノール,シャウル・シンゲル著,宮本 喜一 訳;『アップル,グーグル,マイクロソフトはなぜ,イスラエル企業を欲しがるのか? ―― イノベーションが次々に生まれる秘密』,ダイヤモンド社,2012年5月.

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

 

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