デバイス古今東西(40) ―― 日本の産業競争力強化の観点で注目が集まっているパワー・デバイス

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2012年8月22日

 昨今,話題となっている「電力供給の全体最適化」の視点に立つと,多数の電子機器を連携・協調運用することが不可欠となります.そして,これを実現するために電力制御ツールの高機能化と大量導入が求められています.ここで重要な構成要素となるのがパワー・デバイス(パワー半導体)です.

 本稿では,パワー・デバイスを取り巻く状況と,現在パワー・デバイスに注目が集まっている理由について述べます.

 

●日本企業にも競争力を伸ばせるチャンスがある

 ディジタル信号を処理するLSIは,スケーリングによる低電圧化が進んでいます(1).しかし実社会では,高い電圧と大きな電流が求められる機器であふれています.例えば,多くの電子製品のACアダプタにはインバータが入っています.日本では100Vの電圧を取り扱わなければなりません.液晶パネルのバックライト照明の冷陰極管は1kV程度の電圧が必要です.そして大音量用アンプが必要なら,そしてモータを力強く回すことが必要なら,やはり高電圧・大電流が求められます.

 高電圧を取り扱う半導体はパワー・デバイスと呼ばれています.よく用いられるのが,制御信号に応じてON状態とOFF状態を切り換えるスイッチング機能です.ON状態ではON時の抵抗値が,そしてOFF状態ではOFF時の耐圧が選定基準となります.バイポーラ・トランジスタやMOSFETなどのパワー・トランジスタが数多く利用されています.パワー・デバイスにはダイオードもあり,これは整流が主用途です.このほか,IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やGTO(Gate Turn-off Thyristor),トライアック,サイリスタなどがあります.

 パワー・デバイスは,その他のLSIと比べると世の中の認知度は高くありません.矢野経済研究所の統計によれば,パワー・デバイスの世界市場の規模は2008年で約150億米ドルだそうです.同年の全LSI(MOSメモリ,MOSプロセッサ,コントローラ・システムLSI,アナログ系LSIの合計)の売上高がおよそ2,000億米ドルなので,全LSI市場の約1/13程度の規模ということになります.認知度が高くないことにも,納得がいきます.

 重要な点は,この分野で日系メーカのシェアが高いということです.上位10社中4社が日系企業(東芝,三菱電機,ルネサス エレクトロニクス,富士電機)です.ただしどのメーカも10%以上のシェアを持っている企業はなく,今後競争の激化が予想される分野とされています(2)

 また,日本の産業競争力強化につながる戦略的な投資を行っている産業革新機構は,パワー・デバイス専業メーカである日本インターへ投資を行っています(3).日本インターのショットキー・バリア・ダイオードのシェアは,世界第2位です.産業革新機構は,「本投資を通じて,最先端設備の増強,製品ラインナップの拡充,先端技術製品の共同開発に必要な資金を供給します.また,外部人材活用などを通じてマネージメント体制を強化します.中長期的には,本事業を起点として,国内外のパワー・デバイス・メーカとの段階的な再編を目指します」と述べており,パワー・デバイス領域の戦略的な合従連衡を目指しているようです(4)

 ここで注目していただきたいのは,パワー・デバイスの世界はいまだ合従連衡がそれほど展開されていない領域であること,そして日本企業にもまだ競争力を伸ばせるチャンスが残されていることです.

 

●1980年代から日本企業の十八番だった

 昔の話ですが,筆者は1980年代初めに老舗の米国メーカが製造したパワー・トランジスタにかかわる大きな商売に携わりました.米国IBM社の大型コンピュータ用電源の製造を日本の大手部品メーカ(フェライト等磁性材料,コイル,トランス,セラミック・コンデンサで有名な企業)がサブコントラクタ(下請け)として受注したのです.当時は,多くの米国メーカが日本企業に組み立てを委託していました.為替レートが1米ドル200円を超えていた時代です.それこそ地方の工場はどこもフル稼働でした.これは,シャープに出資を表明している台湾のHon Hai Precision Industry社(鴻海精密工業),シンガポールのFlextronics International社,米国Jabil社といったEMS(Electronics Manufacturing Service)事業(本連載コラムの第31回を参照)の原型のような商売でした.

 IBM社が設計した電源には,バイポーラ型とMOSFET型のパワー・トランジスタが多数搭載されていました.もちろん設計や図面製作のほか,BOM(Bills of Materials;部品表)の指定もIBM社が行いました.

 当時は米国製のパワー・トランジスタを日本メーカが購入するのは希有なことでした.その理由はいくつか考えられます.

 一つ目は,パワー・トランジスタの事業は当時も日本の大手電機メーカの十八番(おはこ)だったことです.日本電気(NEC),東芝,日立製作所,三菱電機,富士電機をはじめ,参入企業が多かったのです.

 二つ目は,米ドル/円の為替レートの関係で輸入品の価格競争力が現在より低かったことです.半導体市場の秩序を維持するという目的で,「最低価格の設定」,「第三国での価格監視」,「日本市場への米国メーカ製半導体の参入拡大」を約束した日米半導体協定締結後の1980年代は,日本市場における外国製半導体のシェアは20%にも達していませんでした.1998年には34%になり,2006年時点では43%を超えたそうです(5).現在の状況を考えると,隔世の感があります.

 三つ目は,日本のユーザの受け入れ検査において米国製品の不良率が高かったことです.日本の従業員による日常作業の改善や進歩が品質の向上に貢献していることを米国人に理解してもらうことは大変でした.

 四つ目は,欧米製品のデバイスの信頼性の問題です.米国半導体メーカの多くは,信頼性試験や材料の品質についての意識があまり高くありませんでした.場合によっては市場で不具合が発生し,賠償問題を引き起こしていました.

 五つ目は,パワー・トランジスタのパッケージの対応です.JEDECで規定されているパワー・トランジスタのパッケージは樹脂モールドされています.パッケージの片方から端子が出る一方,放熱のためのネジ穴付き金属タブが一体となっています.当時はネジ穴付き金属タブも含めて樹脂モールドで覆ったパッケージを,日本企業が先行して市場投入していました.これにより,絶縁や放熱のためのシートが不要になる,というメリットがありました.この対応でも米国のメーカは出遅れました.

 

●産業界はパワー半導体の先端研究開発に注目

 日本の産業競争力の強化に関心を持つ産業界の有志企業(大手製造企業)が集まる産業競争力懇談会は,2020年代を見据えた二つの基盤技術構築を提言しています(2).一つは高性能半導体で,もう一つはパワー半導体の先端研究開発です.

 後者は,電力の安定供給や省エネルギーのために電力の運用を管理するエネルギー管理システム(EMS:Energy Management System)への波及効果が期待されています.例えばスマート・グリッドやスマート・コミュニティの技術です(本連載コラムの第25回を参照).また,現行のSi(シリコン)材料では実現できない大幅な効率改善に向けた新材料にも大きな期待が寄せられています.

 パワー・デバイスはニッチな市場であるがゆえに見過ごされがちですが,産業機器や鉄道,EV(電気自動車),家電機器,太陽光発電,風力発電など,底堅い数多くの用途が存在します.身の回りのエネルギーの高効率化に貢献するパワー・デバイスは,省エネルギーのキー・デバイスと言えます.

 

 

●参考文献
(1) 宮本 恭幸;電子デバイス(電子情報工学ニューコース),培風館,2009年2月.
(2) 産業競争力懇談会(COCN);半導体戦略プロジェクト ― 産業競争力強化のための先端研究開発,2012年3月6日.
(3) 日本インター;第三者割当増資の実施に関して,2010年11月1日.
(4) 産業革新機構;「パワーデバイス専業メーカーである日本インター株式会社への投資」を決定,2010年11月1日.
(5) 豊崎 禎久;シリーズ2:日本半導体産業復活のソリューションと警鐘 (9),2010年6月17日.

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.


 

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