デバイス古今東西(31) ―― 巨額の損失を計上するテレビ事業:スマイル・カーブとは何だったのか

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2011年12月 8日

 パナソニックが,テレビ事業のリストラ策を発表しました.2001年にスタートした「スマイル・カーブの収益構造」,すなわちデバイス - セット - サービス一体の垂直統合型の事業構造をこれから転換させる方針です.本コラムでは,このスマイル・カーブについて再考してみます.

 

●各社がテレビ事業の採算悪化に苦しむ

 2011年10月31日,パナソニックがテレビ事業と半導体事業を縮小するリストラ策を発表しました.テレビ事業では,国内1拠点化,非テレビ展開,大画面中心,外部調達比率の引き上げ,人員体制のスリム化です.半導体事業は,主として先端工場の減損とファブレス化を進め,人員体制をスリム化するとのことです.2012年度にはこの二つの構造改革を完遂させ,テレビ以外のコンシューマ機器,半導体以外のデバイス,ソリューションという三つの領域の成長戦略による増益で,収益体質を大きく転換させるということが結論でした.

 パナソニックだけでなく,ソニー,シャープでもテレビ事業の採算悪化が続いています.生産縮小,合弁解消,海外への製造委託が進み,日本の雇用力はますます低下しているように見えます.日本企業だけではありません.韓国Samsung Electronics社の液晶パネル部門は,ウォン安であっても利益が出ていません.少なくとも,世界市場の需要を大きく上回る供給のアンバランスや,技術上の差異化が困難なこと,ブランドや商品力による訴求力の発揮が困難なこと,多くのメーカが参入した結果としての過当競争による価格下落などが,理由として考えられます.

 

●2001年に描いた「スマイル・カーブの収益構造」からの方向転換

 パナソニックのテレビ事業は,部品,モジュール,組み立て,サービスを含む垂直統合型の事業構造です.この事業構造が構築されたのは,3カ年経営計画の「創生21計画」がスタートした2001年4月でした.当時は,21世紀型『超・製造業』への革新,すなわち「スマイル・カーブの収益構造」への構造転換を目指し,デバイス - セット - サービスの相乗効果を発揮する新しいビジネス・モデルの構築を進めていく,と述べていました.スマイル・カーブは,2000年代に経営学で数多く議論されてきた概念です.この原理に基づく過去10年間に及んだ事業構造が,残念ながら,これから方向転換されることになったのです.

 ただ,だからといってスマイル・カーブが否定されているわけではありません.経営学における理論は経営者に大きな影響をもたらしますが,万全ではありません.ある条件のもとであれば成立する場合があります.あるいは解釈の仕方によって誤用されるときもあります.

 

●スマイル・カーブ再考

 スマイル・カーブは,製品ライフ・サイクルならびにモジュール方式と関係があります.スマイル・カーブは,製品ライフ・サイクルという考え方の進展とともにモジュール方式が業界に浸透し,その業界構造が変化したある一時の状況です.ここであらためて,スマイル・カーブに至るその進展過程を振り返ってみます.

 まず,多くの製品ライフ・サイクルの初期段階は,最終製品組み立てメーカの影響力が大きく,モジュール化を進めることが困難な時期です.この段階では,多くの業界で元請けと下請けという密接な関係が成立しています.

 次に製品ライフ・サイクルの第2段階では追従企業が増え,製品そのものがコモディティ(差異化が難しい普及品)化します.ここで価格競争原理が働きます.製品ライフ・サイクルの第3段階では,競争力のある部品メーカが複数の元請け企業との取引を開始するようになり,企業間はオープンな関係になります.部品メーカは競争力対応と差異化を図るため,モジュール指向となります.そして製品ライフ・サイクルの第4段階では,部品の独占化が進みます.最終的に規模の経済と市場情報の集中により,一部の部品メーカの一人勝ちとなります.独占に入った状態で部品の価値が急速に高まり,価格は上昇し,企業間の関係も逆転するという状況が,スマイル・カーブです(図1).

 

図1 スマイル・カーブ(2000年初頭当時の考え方)

 

 事業を製造プロセスの視点で,部品からモジュール,組み立て,ソフト/アフタ・サービス,ソリューション/コンサルティングに分けると,各プロセス別の付加価値(利益率)は両端において高く,組み立て部門で最も低くなっていくという現象です.しかし,スマイル・カーブはあくまで製品ライフ・サイクルの第4段階の終了時の現象なのです.問題はこの過去10年,製品ライフ・サイクルの第5段階,あるいは第6段階の市場構造の変革について,あまり議論されてこなかったことだと言えます.

 

●スマイル・カーブの底辺が低付加価値とは言えない

 それではスマイル・カーブの底辺,すなわち最終組み立て企業は現在どうなっているのでしょうか.最終組み立ての代表は,EMS(Electronics Manufacturing Service)企業です.iPhoneやゲーム機などの電子機器を製造している有名な台湾企業,通称Foxconn(Hon Hai Precision Industry)社の2010年12月31日期の年間売上高は99,228百万米ドル(およそ7兆6400億円),純利益は2,554百万米ドル(およそ1960億円)でした(77円/米ドルで換算).過去4年間で売り上げが増加しています.

 他のEMS企業でも,シンガポールFlextronics社の2011年3月31日期の年間売上高は28,679百万米ドル(およそ2兆2080億円),純利益は596百万米ドル(およそ450億円),そして米国Jabil Circuit社の2011年8月31日期の年間売上高は16,518百万米ドル(およそ1兆450億円),純利益は381百万米ドル(およそ290億円)となっています.日本の電機メーカのテレビ事業は採算が悪化し,Samsung Electronics社の液晶パネル部門も利益が出ない現時点で,組み立て企業の付加価値利益率は,低いとは言えない状況になっています.

 

●経営学の理論は万全ではない

 経営学における理論は必ずしも万全ではありません.もし万全な経営のテキストがあるならば,全ての経営者は失敗することはありません.多くの経営理論は,一定条件のもとであれば成立する,あるいは解釈の仕方によっては誤用される,ということです.さらに言えば,実践者たる経営者は経営学のテキストにあるような戦略を常に考えて経営行動をとっているわけではありません.その都度その場で,そのとき最も適切と思われる意思決定をしているのです.またそうせざるを得ないのです.

 そうした一連の行動を後で振り返り,エピソードを中心とした体験談に終始せず,将来に向けた経営の普遍性と抽象性へ昇華させることが求められています.

 

やまもと・やすし

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

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