スマートフォンでおなじみの静電容量式タッチ・センサを組み込みシステムに実装 ―― マイコンの周辺機能を利用すれば,追加コストは不要
2.三つの計測手法
マイコンを用いて電極パッドの静電容量を計測する手法として,以下の三つが挙げられます.
- 静電容量式分圧器を使用する
- 充電時間計測ユニット(CTMU)を使用する
- 静電容量検出モジュール(CSM)を使用する
いずれの手法も外付け部品を必要としませんが,マイコンは静電容量を計測・評価するための要件を満たす必要があります.
●静電容量式分圧器を使用する
最初に,静電容量式分圧器を使用する方法について説明します.この手法ではA-Dコンバータを内蔵したマイコンが必要です.すでの多くのシステムで,マイコン内蔵のA-Dコンバータは標準的に使われています.また,この手法はA-Dコンバータの機能だけで実現できます.A-Dコンバータが内蔵するホールド・コンデンサを用いて,電極パッドの静電容量に対応する電圧を生成します.電圧の計測にA-Dコンバータを使用し,ソフトウェアが計測処理を行います.
通常のA-D変換では,選択したチャネルのピンの電圧を計測するために,アナログ・マルチプレクサを使用します(図2).サンプリング期間中(サンプリング・スイッチ接続中)にホールド・コンデンサはピン電圧になるまで充電されます.サンプリング・スイッチが切れると充電が停止し,A-Dコンバータがホールド・コンデンサの電圧をディジタル値に変換します.
アナログ・マルチプレクサが選択中のピンは,ディジタルI/Oとして設定することも可能です.これを利用して,ホールド・コンデンサを電源レール電圧まで充電し,その後,放電させることができます.
この計測手法は,一連の手順を要します.コンデンサでは電流リークが生じるため,処理が遅れると計測値にドリフトが発生します.このため,一部の手順ではタイミングが非常に重要です.
1) 初期化
計測に備えてシステムを初期化するために,システム内の二つのコンデンサを適切に充電または放電します.アナログ・マルチプレクサで未使用ピンを選択し,そのピンをHigh出力として設定することにより,内部のホールド・コンデンサを充電します.この間にセンサを放電する必要があります.このため,センサを接続したピンをLow出力として設定し,センサをグラウンドに接続します.初期化中のアナログ・マルチプレクサと各出力の状態を図3に示します.
2) 充電停止
センサが放電され,ホールド・コンデンサがプラスの電源電圧まで充電された時点で,センサに接続したピンの出力駆動をOFFにします(図4).このとき,センサにつながるラインはフローティング状態ですが,ピンまたは基板のリークによりセンサが充電される可能性があります.このため,この状態は可能な限り短くする必要があります.
3) センサとホールド・コンデンサを並列接続
アナログ・マルチプレクサがセンサに接続したピンを選択します.この状態では,ホールド・コンデンサとセンサが並列に接続されます(図5).このとき,ホールド・コンデンサはVDDまで充電された状態であり,センサは完全に放電された状態です.この結果,電流はホールド・コンデンサからセンサへ流れます.アナログ・マルチプレクサは双方向の電流を許容しますが,インピーダンスによって多少の電圧損失が生じます.
4) A-D変換を開始
システムが安定するまで十分な時間が経過した後に,アナログ・マルチプレクサのサンプリング・スイッチを図2の状態へ切り換え,A-D変換を開始します.このA-D変換によりホールド・コンデンサの電圧を計測します.この場合の安定化時間は非常に短いため,通常は切り換え直後の命令でA-D変換を開始できます.
計測されたホールド・コンデンサの電圧は,センサの静電容量(寄生容量とユーザの指によって生じる静電容量の合計)に対応します.A-Dコンバータで計測される電圧と各種静電容量の関係を以下に示します.
...(2)
VChold:A-Dコンバータが計測する電圧
Vdd:マイコンの電源電圧
Chold:ホールド・コンデンサの静電容量(本稿の試験デバイスでは10pF)
Cp:センサの寄生容量
Cf:ユーザの指と電極パッドの間に生じる静電容量
式(2)から,指のタッチによって追加の静電容量が発生すると,ホールド・コンデンサの電圧が低下することが分かります.これはA-Dコンバータの出力低下として表れます.
計測値の分解能はA-Dコンバータの分解能に依存します.このため,10ビットA-Dコンバータの使用を推奨します.これより低分解能のA-Dコンバータでも使用できますが,その場合,センサの静電容量を大きく変化させる必要があります.そして,電極間距離を縮めるため,ユーザ・インターフェース・パネルをより薄くする必要があります.一般に,計測する電圧は電源レール電圧よりも非常に低いため,より低い基準電圧を使用することによって,A-Dコンバータの分解能を改善できます.基準電圧を下げるとビット当たりの電圧分解能を改善できますが,飽和が発生しないように注意が必要です.計測電圧が基準電圧に達すると飽和が発生し,A-Dコンバータ出力は最大出力コードで頭打ちになります.静電容量計測は非常に高速(通常10μs~20μs)であるため,オーバサンプリングによってセンサの分解能を改善できます.
未使用ピンを使用してホールド・コンデンサを充電する方法について述べました.複数の静電容量式センサを計測する場合は,いずれかのセンサへ接続したピンを一時的にホールド・コンデンサの充電用に使用できます.そのピンに接続されたセンサは,静電容量が小さく,ディジタル出力のインピーダンスも小さいため,計測に使用されない間はHighに駆動しておくことが可能です.A-Dコンバータ向けの内部基準電圧は,ホールド・コンデンサの充電にも使用できます.