携帯電話内部の高速データ転送,次の主役は「MIPI M-PHY」―― 広範なアプリケーションを見据えた多芸多才の標準規格
携帯電話のマルチメディア対応が進み,プロセッサやカメラ,ディスプレイなどの間のデータ転送速度が急速に上昇しています.そのため,現在,MIPI(Mobile Industry Processor Interface)アライアンスが策定したM-PHYという高速インターフェース規格が注目を集めています.M-PHYは,数Gbpsのデータ転送に対応できる規格です.多くのアーキテクチャ・オプションが用意されており,広範なアプリケーションの要求に対応できます.ここでは,携帯電話内部の伝送回路の動向とMIPI M-PHYの概要について解説します.(編集部)
幕が上がったとき,舞台の中央にいたのは「M-PHY」でした.携帯電話内部の高速・高信頼のデータ転送規格として,また物理層(PHY)インターフェースの規格として,M-PHYにはさまざまな役柄を演じることが期待されています.
M-PHY仕様は,MIPIアライアンスの作業部会(ワーキング・グループ)によって策定されました.この作業部会は高速インターフェースの標準規格を策定し,携帯電話の性能を引き上げることを目標としています.MIPIアライアンスの策定する高速インターフェースは,次世代携帯電話製品の性能を飛躍的に高めてくれると期待されています.
マルチメディア機能を備えた携帯電話の爆発的な普及に伴って,携帯電話にはますます高度な処理能力が求められています.MIPIアライアンスを通して,携帯電話の業界は究極の物理層インターフェースを策定しました.この規格は,さまざまな携帯電話の要求を十分に満たしています.また物理層の選択により,適用範囲を携帯電話から他のキー・アプリケーションの領域へと広げることも可能です.
●最新MIPI仕様としてM-PHYが最終承認へ
M-PHY仕様は,「まったく新しい高機能な高速インターフェースを策定する」というMIPIアライアンスのビジョンの中核に位置づけられる規格です.MIPIアライアンスのメンバ企業は,「携帯電話には年々広い伝送帯域幅が求められること」,そして「これに対応した高速シリアル・インターフェースが必要になること」を早い時期から認識していました.現在では,ビデオ・コンテンツやソーシャル・メディア,クラウド・コンピューティングの利用が拡大し,広帯域化の要求はさらに高まっています.そして携帯電話は,M-PHYのような,より高速な物理層インターフェースを必要としています.エンド・ユーザが満足する高速応答の実現に必要なデータ転送速度は,年々上昇しているのです.現在,普及しつつある他のMIPI標準の成功に後押しされる形で,M-PHYもまた,最新MIPI規格として最終的な承認へ向けてはずみが付きました.
ソース同期方式のインターフェースであるMIPI D-PHY規格は,携帯電話のアプリケーション・プロセッサとカメラ,あるいはプロセッサとディスプレイの間のインターフェースとして採用されています.D-PHYは有用なインターフェースですが,その同期方式の制約によりデータ転送速度に上限(最大1Gbps)があり,さらなる高速化の要求に応えることはできません.
携帯電話の業界はさらに強力な物理層インターフェースを求めています.それは非同期転送に対応し,チップ間接続に伴う高速信号伝送と信号品質(シグナル・インテグリティ)の問題に対処できる物理層インターフェースです.携帯電話内部では,回路基板の実装密度はより高くなり,電磁放射ノイズ(EMI:Electro-magnetic Interference)の影響はますます大きくなっています.その一方で,電力消費を最小化することが継続的に求められています.
●M-PHYは多芸多才の花形役者
まさに芸達者な花形役者であるかのように,M-PHYインターフェースはさまざまな役柄を演じ分ける能力を備えています.
当初M-PHYインターフェースは,MIPIアライアンス内部ですでに策定済みの,あるいは策定途中のいくつかの仕様の"寄せ集め"という扱いでした.M-PHYの仕様はカメラのシリアル・インターフェース(CSI),ディスプレイのシリアル・インターフェース(DSI),そして汎用プロトコル(UniPro)を包含してます.
CSIとDSIは分かりやすい仕様です.これらはアプリケーション・プロセッサとカメラ,あるいはアプリケーション・プロセッサとディスプレイの間のプロトコル・インターフェースを定義しています.
UniProの仕様は包括的で,汎用のチップ間通信プロトコルとして機能します.また,他のプロトコルを隠ぺいする共通のトンネル機能を提供します.M-PHYインターフェースは当初,UniPro仕様のための物理層インターフェースとして設計されました.M-PHY仕様は二つの信号方式を採用しており,自己クロック(ソース同期)と埋め込みクロックの両方式に対応しています.加えて,この仕様には高速通信と低速通信の二つのオプションが用意されています.高速通信オプションを利用すると,M-PHYインターフェースはUniProが備える「高速」,「低消費電力」,「低コスト」の利点を100%引き出せます.
最初にM-PHYインターフェースの多才さが明らかになったのは,DigRFアライアンスがMIPIアライアンスに取り込まれたときでした.DigRFアライアンスは携帯電話プラットホームにおけるベースバンドIC(BBIC)とRFチップの間のインターフェース仕様を策定していました.この新しい仕様には,ディジタル・ベースバンドICとRFチップの間の論理的仕様,電気的仕様,およびタイミング特性が定義されています.そして,新しい物理層部分には,M-PHYが使われています.
さらにM-PHYインターフェースはJEDEC(電子部品関連の標準化団体)により,先行して規格化が進んでいたUFS(Universal Flash Storage)仕様の理想的な物理層インターフェースとして承認されました.UFS仕様は,さまざまな不揮発メモリに対応し,広範なレベルの接続性を実現する高位のインターフェースです.これは現在,フラッシュ・メモリ・モジュールを取り扱うJEDECのJC-64委員会の中で開発されています.
このような明るい動きがきっかけとなり,低消費電力メモリを取り扱うJEDECのJ42.6小委員会もまた,「次世代携帯電話の物理層インターフェース」という新たな役柄を,M-PHYに演じさせようと考えています.
これらの動きがひと段落ついた頃,M-PHY仕様は,上位層のMIPI仕様と組み合わせて利用される標準的な物理層インターフェースとなることでしょう.仮にMIPIアライアンスの理事会が前述の規格化の取り組みを承認していなければ,M-PHYの適用範囲は大幅に制限されていたかもしれません.
●M-PHYに対する13の要求
M-PHYはシリアル・リンクとして定義されています.その大ざっぱな目的は,以下のとおりです.
- 少ピン数に対応.すべての制御信号はインターフェースの帯域幅の中で処理される
- 電気インターフェースと光インターフェースの両方に対応.光インターフェースは,シンプルな電気-光信号変換で実現
- 10cm未満の伝送に最適化されているが,数mの長距離伝送にも対応
- 広範な速度要求(10Mbps~6Gbps)に対応
- バースト・モード転送時も電力効率の制約を満足
- クロック方式は共有(リファレンス)クロックと非共有クロックを利用
- 半導体ファウンドリの製造プロセスに依存しない
- 電磁放射ノイズ(EMI)に強い
- 電力効率を向上させるため,複数のデータ転送モードを用意
- 多様なアプリケーションの要求に応えたり,干渉の問題を緩和したりするため,複数の帯域幅およびデータ転送速度に対応
- 高速モードではデータ転送速度固定,低速モードでは規定の範囲内で速度可変
- スペクトラム調整のためのシンボル符号化(8b/10b),クロック再生,物理層とプロトコルの両レベルでのバンド内制御オプションを用意
- 構成の工夫でコストを削減したり,チューニングによって性能を引き上げることが可能
高速処理が求められるいくつかのアプリケーションでは,M-PHYがD-PHYに取って代わると考えられます.そしてシステム設計者は,どちらの物理層インターフェースを使うべきかを選択することになります.
表1にD-PHYとM-PHYの比較を示します.また図1に,D-PHYあるいはM-PHYを利用するカメラ/ディスプレイ・サブシステムのイメージを示します.