デバイス古今東西(16) ―― 「ニンテンドー3DS」に日本製グラフィックス・コアを導入,任天堂の先端技術追求志向

山本 靖

 日本の半導体IP(Intellectual Property)コア・ベンダであるディジタルメディアプロフェッショナル(以下DMP)の3DグラフィックスIPコアが,任天堂の新しい携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」に採用されました.本コラムでは,任天堂の先端技術追求志向,そしてIPコア・ベンチャと半導体メーカのコラボレーションについて述べます.なお,半導体IPという概念は定着してきていますが,それを収益の源泉とするビジネス・モデルは,ファブレス注1というビジネス・モデルとは異なる概念です.ここではそのビジネス・モデルをチップレス注2と呼びます.

●DMP製半導体IPコアがゲーム機器に採用される

 2010年6月21日に,日本のIPコア・ベンチャのDMPが,「ニンテンドー3DSにDMPの3DグラフィックスIPコア「PICA200」が採用される」とのプレス・リリース発表を行いました.このIPコアには,DMPが独自に開発した3Dグラフィックス拡張機能が搭載されています.従来のハイエンド製品で用いられる高品質なグラフィックス表現を,低消費電力が求められる携帯型ゲーム機をはじめとしたモバイル製品でも実現できる技術とのことです.

 この企業が珍しいのは,主たる経営者が外部招聘でありながら,ビジネスがうまく進展したことです.というのも,日本の半導体ベンチャの多くは,強力なリーダシップを持つ社長が創業し,自身が主要株主でもあるからです.DMPの場合,創業者は既に退任し,主要株主は日本政策投資銀行です.

 DMPの代表取締役CEOは,大手外資系コンピュータ・メーカや電機メーカにおいて長年国際的なビジネスマンとして活躍された方です.取締役には,以前ソニーの初代プレーステーションのプラットフォームを開発し,ソニー・コンピュータエンタテインメントでコーポレート・エグゼクティブ兼CTOの職に就いていた方もいらっしゃいます.このほか,日本のテクノロジー・ベンチャの多発的創出に尽力されてきたベンチャ・キャピタリストも役員に名を連ねています.つまり半導体業界では珍しく,株主と経営が分離したベンチャ企業であり,バランスがとれたマネージメントによりビジネスが進展しているのです.

●任天堂と最先端技術の追求志向性

 筆者は,DMPの顧客である任天堂と,直接的または間接的にビジネスをした経験があります.直接的なビジネスは1985年前後です.任天堂は,初代ファミリー・コンピュータ(ファミコン)を販売していました.そのファミコンのジョイスティックには,標準CMOSロジックICがコントローラとして組み込まれていました.つまり米国RCA社の4000シリーズの一製品である「CD4021BE」という標準品が大量に購入されていたのです.8ビットのシフト・レジスタで,パラレルからシリアルの変換に使われていました.その半導体は標準品なので,任天堂は日米の大手半導体メーカなど複数の供給元から大量調達していました.とても義理堅い企業であったことだけは記憶しています.

 当時はTTL(Transistor-Transistor-Logic)全盛時代.TTLではなくCMOSが使われた理由の一つは,家電用として低消費電力の必要性が求められていたからだといえます.

 2000年以降,任天堂は新しい最先端技術を積極的にゲーム機器に取り込んでいます.例えば,筆者も微力ながら日本のビジネス支援に携わった米国MoSys社が開発した1トランジスタSRAM(1T-SRAM)も,任天堂が国内の最初のライセンス企業でした.日本のどの企業も,低消費電力でセル面積が小さい1T-SRAMは,それこそ「まゆつばもの」と見ていました.というのも,SRAMのメモリ・セルは六つのトランジスタで構成されるのが常識とされていたからです.しかし実際,任天堂の「ゲームキューブ」に,MoSys社の1T-SRAMが,主記憶用とグラフィックス用の合計27Mバイト使われたのです.

 さらに2003年には,任天堂の将来の携帯型ゲーム機のゲーム・カートリッジ向けに,米国Matrix Semiconductor社の追記型不揮発性メモリ「Matrix 3-D Memory」を採用する方針と,Matrix社に対して1500万米ドルの出資を行うことも発表しました.

 つまり,任天堂は革新的な先端技術を積極的に自社製品に組み込んできたのです.

●半導体メーカとのコラボレーション

 DMPのようなチップレスのIPコア・ベンチャはファブレス半導体ベンチャより参入障壁は低いといえます.実体概念である半導体素子の生産計画,マーケティング,販売といった経営システムの負荷がないからです.そのため,IPコア・ベンチャの顧客となるシステム・ユーザだけでなく,半導体メーカとの付き合いも求められます.つまり日本のシステム・ユーザとのビジネスを成立させる場合,チップレスのビジネス・モデルは,大企業である日本の半導体メーカとのコラボレーションが求められます.

 コラボレーションでは,コラボレーション相手も同時に成功しなければ意味がありません.しかし日本の半導体メーカは外部からの設計知識を導入して自社の知識と統合し,そして知識創造の共同体として機動的に収益を追求する姿勢が欧米半導体メーカと比べて小さかったといえます.なぜならば,日本の半導体メーカの多くは歴史的に,グループ内のコンピュータや民生機器といったシステム部門と密接な関係があったからです.従って,日本の半導体事業部門におけるすべての回路設計開発や設計資産の構築といった設計開発工程,生産そして消費サイクルは,企業グループ内への依存が高かったのです.これが日本の半導体メーカが,半導体IPを外部から導入しづらかった理由の一つです.つまりコラボレーションは簡単ではなかったということです.

 しかし,任天堂のようなチップレスの半導体ベンチャと共同で開拓した特定顧客に対しては,半導体メーカはそのベンチャの設計知識を導入し融合することで得られる収益への期待感は高いといえます.今回,任天堂が日本のベンチャの革新的なIPコアをライセンス調達した事実は,日本のIPコア・ベンチャの存在感がより高まる契機になると思っています.

 

注1:ファブレス
 ファブレスは,半導体産業が垂直統合から水平分業に変革する初期の1980年代に米国で登場しました.半導体設計者は生産技術により異なる最終的な製造プロセスやシリコン・ファウンドリに依存せずに設計することが可能となりました.こういった経緯を経てファブレスが定着しました.半導体の設計開発,マーケティング,販売に経営資源を集中させ,自社では製造,組み立て,テスト設備を持たず,生産システムをシリコン・ファウンドリに委託するビジネス・モデルです.

 ファブレスは,半導体産業における構造変革の過程の中で,多額の資金が必要な半導体工場を自前で持つことが非現実的であること,そして半導体の付加価値 の源泉が半導体の物理的な製造そのものよりも半導体チップのアーキテクチャ,仕様の決定,回路設計,そして物理的設計や設計の具現化 (implementation)に移ってきていることにより,米国市場では創出,急成長が期待されるベンチャとして認知されている分野です.

参考:デバイス古今東西(3) ―― ニッポン半導体維新! ファブレス半導体ベンチャ立ち上がれ

注2:チップレス
 チップレスはモノとしての半導体素子を,製造のみならず生産計画やマーケティング,販売まで,垂直統合型半導体メーカ,いわゆるIDM(Integrated Device Manufacturer)やファブレス半導体メーカに委託するビジネス・モデルです.半導体設計という著作物,すなわち半導体IPの設計開発に経営資源を集中させ,その設計情報や設計知識という知的財産を収益の源泉とし,ライセンスとロイヤルティで儲ける知識集約型の事業です.

参考:デバイス古今東西(2) ――半導体IPと知識社会に向けた新しいビジネスの形態(前編)

 

やまもと・やすし

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

 

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