設計品質確保の思想 ――航空宇宙エレクトロニクスに学ぶ「信頼性設計」

檜原弘樹

tag: 組み込み

技術解説 2006年3月28日

●○● Column 2 ●○●
宇宙放射線環境下の半導体デバイス

 ここでは宇宙空間で部品がさらされる環境について紹介します.これらは地球上では通常,経験しない環境ですが,半導体プロセスの微細化に伴って,類似の影響が現れるケースも出てきています(2)

 人工衛星に使用する電子部品は,ロケットで打ち上げる際に激しい振動や温度変化にさらされます.無事打ち上げに成功し,初期の運用準備を経て地球を回る軌道などに安定すると,とくに激しい振動にさらされることはなくなります.温度についても,近年の人工衛星システム設計技術の進歩により,通常は一定の範囲内にコントロールされた環境で運用されるようになっています.

 しかし,いったん大気圏から外へ出ると,宇宙空間特有の高い放射線にさらされます.この宇宙放射線環境のもとになるのは宇宙空間に存在する高エネルギー粒子です.これには陽子(プロトン)や電子,中性子,重イオン粒子,α粒子などがあります.なかでも量的に多いのは太陽風(solar wind)が運ぶ放射線です.これらの放射線が地球の磁気圏(magnetosphere)にとらえられているようすを図B-1に示します.

 この高エネルギー粒子が半導体デバイスに与える影響として,以下のようなものが挙げられます.

1) トータル・ドーズ効果

 トータル・ドーズ効果は,部品がさらされる放射線の総量に応じて,半導体デバイスの性能が劣化する現象です.これは永久劣化とみなされ,トランジスタのしきい値が変化することなどにより,性能が劣化していきます.この現象は,主として陽子と電子によって引き起こされるものです.これらの粒子が大量に飛び込んできても,時間がたつと影響が緩和される(アニール効果と呼ばれる)場合もありますが,一般には劣化を抑えるのは難しく,金属などの遮へいによって影響を軽減させる対策が一般的です.

2) シングル・イベント・アップセット

 シングル・イベント・アップセット(SEU:single event upset)は,メモリやフリップフロップなどのLSI内の回路に重イオン粒子や陽子などの高エネルギー粒子が当たり,データが反転してしまう一過性の故障です.一般には「ソフト・エラー」と呼ばれています.いくら正しいソフトウェアやデータがメモリに格納されていても,このような誤りが発生してしまうとマイクロプロセッサなどの誤動作を引き起こします.物理的にデータの反転が起こりにくい半導体デバイスを選択したり,正しいデータをつねにリフレッシュするなどの設計上の対策がとられています.

3) シングル・イベント・ラッチアップ

 シングル・イベント・ラッチアップ(SEL:single event latch-up)は,前述のSEUと同じように高エネルギー粒子の放射線によって引き起こされる現象です.一般に,LSIなどの半導体デバイスには回路構成の組み合わせによりサイリスタとよく似た回路ができていることがあります.この半導体基板上に形成されているサイリスタ構造に高エネルギー粒子が当たってしまうと,この部分の回路がONしてしまい,過大な電源電流が流れます.一過性の故障ではなく永久故障につながることがあるので,「ハード・エラー」とも呼ばれます.

 上記のSEUとSELを合わせてシングル・イベント効果(SEE:single event effect)と呼びます.このほかにもさまざまな放射線による影響があります.そのため,物理的な観点から放射線に強いデバイスを選択したり,装置設計やシステム設計において,故障が生じてもほかに影響が波及せず,また,できるだけ回復が図れるようなくふうを施します.厳しい宇宙環境に耐え,高い信頼性管理の下で作られている64ビットRISCマイクロプロセッサの例を写真B-1に示します.

 これらの放射線環境については,従来は宇宙空間特有のものとして扱われていました.しかし,昨今の半導体プロセスの微細化により,デバイスのパッケージから放出される微量の放射線や,地球上の自然放射線によって引き起こされるデータ・エラー(前述のソフト・エラー)が顕在化してきています.このため,宇宙システムの設計技術者が家電機器などの民生用機器の設計技術者と情報交換するケースも出てきています(2).民生用機器の開発者が半導体プロセスの微細化に伴って直面しているソフト・エラーへの対策は,激しい放射線環境にさらされる宇宙システムの設計技術者が数十年前から実施してきたものと非常に近いものになっています.

f08_01.gif
図B-1 宇宙放射線
地球近傍では,太陽風と地球磁気圏に捕捉された放射線が存在する.太陽風は太陽表面から吹き出す約10nT(ナノテスラ)の磁場を伴った超音速のプラズマ(電荷を帯びた粒子)の流れである.地球近傍におけるその速度は約300km/sにも達する.主成分は陽子.そのほか,電子,α粒子,重イオン粒子も存在する.地球磁気圏は宇宙空間の中で地球が持つ磁場の勢力が届く領域である.地球の持つ磁場が太陽風の影響によって太陽方向でつぶれ,夜側に向かって引き延ばされ,捕捉放射線が存在する.

p02_01.jpg
写真B-1 宇宙システム用64ビットRISCマイクロプロセッサ(HR5000)  提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
プロセッサ・コアとして,MIPS 5kfを採用している.過酷な環境で長期間安定して動作するように開発された.UARTやタイマ,DMAコントローラ,割り込みコントローラなどの周辺回路を内蔵している.若干の外付け部品とメモリ・システムを追加することにより,計算機システムを構築できる.メモリ・コントローラは標準でEDAC(error detection and correction)機能を備えている.

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日