設計品質確保の思想 ――航空宇宙エレクトロニクスに学ぶ「信頼性設計」

檜原弘樹

tag: 組み込み

技術解説 2006年3月28日

 航空機や宇宙機に搭載する機器のエレクトロニクス設計では,高い信頼性が要求されます.そのため,部品・材料の信頼性,工程の信頼性,機器(デバイス)の信頼性,そしてシステムの信頼性を階層的に保証しながら製品開発を進めています.本稿ではその一例として,人工衛星のエレクトロニクス設計においてどのように信頼性保証がなされているのかを概観します.こうした考えかたは,ディジタル家電や車載機器といった民生用機器の開発とも共通します.  (筆者)

 ユビキタス社会は「どこでもコンピュータ環境」とも言われます(1).すでに,高性能なマイコンが組み込まれたさまざまな電子機器がいたるところに偏在(ubiquitous)するようになりました(図1).身の回りにあって触れることのできる家電機器から,ふだんはなかなか目に触れないところで着実に稼働している制御装置まで,さまざまな組み込み機器に囲まれて,私たちは日々生活しています.

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図1 トロンプロジェクトが考える「どこでもコンピュータ環境」
「どこでもコンピュータ環境」とは,身の回りのあらゆる機器,設備,道具にマイクロコンピュータが組み込まれ,それらがネットワークを介して相互に通信し,協調動作することによって,人間の活動を多様な側面から支援する,高度にコンピュータ化された社会環境である.本図は,社団法人トロン協会に提供していただいた図をもとに作成した.

 その中でも人工衛星や航空機は,距離的にもっとも離れた場所にある巨大な組み込み機器といえます.先日引退して新型機にバトンタッチした気象衛星「ひまわり5号」(図2(a))は,地球から36,000km離れた静止軌道注1で設計寿命を大幅に上回る8年間にわたって雲画像の取得を行い,天気の予報に役立ってきました.さらには,世界初の小惑星への着陸を果たし,試料採取を試みた「はやぶさ」(図2(b))のように,高度に自律動作する人工衛星もあります.この人工衛星は,地球から3億kmも離れた場所で,搭載したカメラや距離を測るレーザを用いて,みずからの判断で小惑星Itokawaを追走しました.

 注1;地表面からあたかも止まっているように見える速度で人工衛星が地球の周りを回る軌道.

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(a)ひまわり5号 提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

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(b)はやぶさ

図2 人工衛星の外観(想像図)
(a)のひまわり5号は,1995年3月18日にH-Ⅱロケット3号機によって打ち上げられた静止気象衛星.高度36,000kmの静止軌道に位置し,可視・赤外センサにより雲の分布などの撮像を行う.2003年5月22日に観測を米国の「ゴーズ9号(パシフィックゴーズ,東経155°)」に引き継いだ.質量は345kg.(b)のはやぶさは,2003年5月9日にM-Vロケット5号機によって打ち上げられた工学実験探査機.電気推進エンジンとスイングバイ技術により,はるか3億kmかなたの小惑星Itokawaへ到達した.そして,航法用カメラとレーザ高度計を用いてみずから判断して推進エンジンを調節し,小惑星Itokawaへの降下を行った.2005年11月26日にItokawa上のミューゼスの海付近に着陸し,試料の採取を試みた.

 これらの人工衛星のうち,地表から数百kmの上空を回っているものはスペース・シャトルなどを利用して人手で修理できる場合もありますが,ほとんどのものはいったん打ち上げたら外から修理できません.それなのに,ロケットで打ち上げられる際には10G~20G注2の振動レベルに耐え,宇宙空間に放出された後は大きな温度差や強い放射線にさらされます(図3)

 さらに,人工衛星の打ち上げは以前より低コスト化が進んでいるものの,数十億~100億円以上の費用がかかります.その投資がむだにならないように,着実にミッションをこなせるだけの高信頼性を有するシステムを開発する必要があります.

 このような環境に対応するため,信頼性の高い設計手法が整備されつつありますが,その高い信頼性は,「部品の選択」や「ハードウェア設計」,「ソフトウェア設計」,「システム設計」といった種々のレベルの設計を着実に積み上げて初めて達成されるものです.つまり,特殊な設計手法が使われているわけではなく,また,用いられている技術の多くも,ディジタル家電や車載機器などの民生用機器の開発手法と同じです(コラム「民生用機器と宇宙機器の接点」を参照).

 注2;ちなみに,戦闘機では最大9Gくらいの重力がかかることがある.これは70kgの人が突然630kgの体重になることに相当する.

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図3 放射線にさらされる人工衛星(想像図) 提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
大気にさえぎられることのない宇宙空間では,銀河宇宙線や地球の磁場に補足されたエネルギーの高い放射線が高濃度で存在する.そのため,人工衛星に使用されている部品を保護するためのさまざまの対策が施されている.近年,LSIの微細化とともに,地上の微量な放射線でもソフト・エラーが起こるようになり,宇宙システム機器で用いられている放射線対策と同じソフト・エラー対策が民生機器でも用いられるようになってきた.

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