設計品質確保の思想 ――航空宇宙エレクトロニクスに学ぶ「信頼性設計」
1 人工衛星に見る信頼性設計の考えかた
以下では,人工衛星のような高信頼性システムの設計プロセスを概観するとともに,随所で民生用機器の信頼性設計に通じるところがある点を紹介します.
● 無線やデータ処理,カメラ,制御,電源などを統合
人工衛星は,地上(地球上)の運用設備から遠隔制御によって操作します.無線通信によりコマンド(指令)を送出し,折り返し無線電波に乗って返ってくる各種の状態を示す信号(テレメトリ)を解析して,その人工衛星がどのような状態にあるのかを把握します.搭載されたカメラで撮像された画像データや,衛星回線を用いて伝送される通信データなども,並行して電波で送られてきます.したがって,搭載しているアンテナやカメラがつねに一定の方向に向くように,人工衛星は姿勢や軌道をみずから制御しています.ほとんどの人工衛星は動作に要する電力を太陽電池によって得ているため,太陽電池がつねに太陽の方向を向くように自律的に機体を制御する必要があります.
さらに近年の人工衛星は,地上局の運用担当者の負担を極力減らすように,「自動化」,「自律化」といった機能を備えています.すなわち,あらかじめ決められた運用シーケンスに従って処理を進めます(自動化).そして,地上局に送信するテレメトリを自身でもモニタし,緊急の場合には消費電力を絞るなどの緊急退避モードに移行します(自律化).
このほかにもペイロード,ないしはミッション機器と呼ばれるカメラや通信機など,人工衛星に搭載されている機器を制御しながら,地球上の人々の生活を支えるさまざまな情報を提供しています.
図4(a)に,簡略化した人工衛星のブロック図を示します.
コマンドやテレメトリは,低利得アンテナを介して送受信されます.このアンテナは40kbps程度と伝送速度は遅いのですが,広い指向性を有しているので,人工衛星の姿勢が多少傾いても通信リンクを維持できるようになっています.一方,画像データや衛星通信に使用される信号は,高利得アンテナを用いて伝送されます.このアンテナは指向性が強いので,確実に決まった方向を向くように制御する必要があります.
データ処理装置は,地上運用設備から受信したり,みずから自動的に発生したコマンドを人工衛星内の各機器に送出します.そして,それらの機器のテレメトリを収集し,一定のフォーマットに従って編集し,地上運用設備に送信します.
姿勢軌道制御装置は,搭載している各種のセンサからデータを収集し,それらのデータをもとにアクチュエータを制御して,姿勢や軌道を一定に保ちます.センサには,地球を見てだいたいの姿勢を判断する「地球センサ」,太陽の強い光を見て中程度の精度で姿勢を判断できる「太陽センサ」,多くの星を見て高精度で姿勢や軌道を判断できる「スター・トラッカ(恒星センサ)」,そして近年多くの自動車にも装備されており,高精度で位置を検出できる「GPS(global positioning system)レシーバ」などがあります.アクチュエータには,コマの原理を応用して姿勢を制御する「リアクション・ホイール」,天体が持つ微弱な磁気を利用して姿勢を制御する「磁気トルカ」,燃料を噴射して大きく姿勢や軌道を変える「スラスタ」などがあります.
電源制御システムは,太陽電池パドルによって発電された電力を安定的に各機器に供給しつつ,バッテリに蓄える制御を行います.
人工衛星は激しい寒暖のある宇宙空間にさらされています.そこで熱制御システムが,熱制御材(断熱材など)やルーバ(放熱制御板),ヒータをうまく活用して,人工衛星の内部を0℃~20℃程度に保つように制御しています.
このように,人工衛星は無線通信,コンピュータ,カメラ,メカトロニクス,電力制御システム,熱制御システム,推進系システムなどが統合された,大規模な組み込み機器であるといえます.