デバイス古今東西(59) ―― ウェアラブル端末の低コスト化に貢献する不揮発メモリIPへの期待
IOT(Internet of Things),モノのインターネットとは,対応可能なモノすべてにインターネットをつなぎ,情報を伝え合う仕組みのことです.眼鏡,腕時計やブレスレット,ネックレス,指輪,肌に貼るパッチなど,身に着ける情報端末であるウェアラブル端末はIOTの代表例です.本コラムでは,ウェアラブルにおいて低コストと超低消費電力に適応した直近のシステム設計案について述べます.
●広がりつつある「モノのインターネット」
IOT(Internet of Things)は,従来からインターネットにつながっているパソコン,サーバ,プリンタ,スマホといった情報機器以外のさまざまなモノまでインターネットにつなぎます.家電はもちろん,車も対象物です(米国Apple社や米国Google社が次に狙っているビジネス対象と言われている).車は自動運転が究極の狙いです.高度道路交通システム(ITS)や車間無線通信などを活用しながら自動走行することで,安全技術が確立できると考えられているからです.人為ミスによる交通事故防止だけではありません.最適な車間を維持することで,渋滞緩和や燃費改善による環境対策にも貢献できます.
ほかに,工場内/ビル内/自宅内の照明機器やエレクトロニクス,監視カメラ,エアコン,湯沸かし器,リモコン,魔法瓶や電子レンジなどのキッチン機器,体重計,おサイフケータイ,運転免許証,パスポートなどもIOTの対象です.IOTの普及は,セキュリティ向上や安全・安心・快適な生活の実現に貢献することでしょう.
●ウェアラブルは普及期へ
Googleの共同創業者であるSergey Brin氏は,「下を向いて画面をのぞき込んでいるのが,未来の姿なのか疑問だった」と述べています(1*).グーグル・グラスの着想です.グーグル・グラスは,眼鏡のように顔にかけ,右目部分の小型ディスプレイを見ながら,Web検索,電子メールの送受信などができるというものです.写真撮影や通話も可能です.基本的に音声で操作し,スマホの機能をハンズフリーで実現します.グーグル・グラスのような眼鏡型のほか,腕時計・ブレスレット型,ネックレス型,指輪型,肌に貼るパッチ型など,さまざまなウェアラブル端末があります.
余談になりますが,筆者は頻繁に水泳,ジョギングやフル・マラソンで体を動かしています.ランニング時には,GPS付きリスト・ウォッチを付けていたこともあります.Googleマップ上に走りの履歴が残ります.ただ,同機種を短期間で3台壊しました,というより壊れました.日本が多湿であることに起因しているのではないかと推測しているのですが,もう少し高い信頼性を期待したいところです.あくまで個人的意見です.
近年はランニングのモニタだけでなく,腕に巻いて歩数などの運動量や睡眠の深さを計測できるITを駆使した健康機器も出てきました.活動量計です.米国Jawbone社のリストバンド型「UP」や米国Nike社の「Nike+ FuelBand SE」が代表例です.消費カロリーや歩数を表示するほか,利用者に運動を促すメッセージなどを表示します.簡単な歩数計からマラソンやサイクリングの履歴の保存やチェック,消費カロリーや睡眠など自分の生活を記録するためのツールです.
●外付けフラッシュROMとシャドウSRAMを取り除く
ウェアラブルに利用される主たる無線LSIには,BluetoothやZigBee,RF4CE(Radio Frequency for Consumer Electronics),ANTといった近距離無線通信規格が採用されています.さらに直近のウェアラブル端末用無線LSIは,システム的な見地から従来のシステム設計案とは異なるアプローチを選択し,いっそうの低価格と低消費電力を追求しています.
従来のシステムでは,複数の近距離無線通信規格ならびに頻繁に生じるバージョンアップの変更といった要求に対応しなければなりませんでした.つまり,複数の規格に対応したファームウェアやプログラムを何回でも書き換える必要がありました.そこでシステム設計案として,自由に読み書きできるシリアルEEPROM ICやフラッシュ・メモリIC(以降,フラッシュROM)を外付けで配置し,無線LSI内には,シャドウSRAMとブートROMを配置していました(図1).
図1 従来型システム設計案

シャドウSRAMとは,外付けフラッシュROMに記録されているデータを無線LSI内のSRAMにコピーして,SRAMにコピーしたデータをフラッシュROMの代わりとして読み出す手法のことです.SRAMの方がアクセス速度が速い分,システム的に性能が上がります.ブートROMには,起動するためのプログラムが格納されます.このROMは頻繁に書き換える必要がないので,主としてマスクROMが使われます.
直近のウェアラブル端末では,規格が徐々に落ち着いてきて,バージョンアップの変更が少なくなってきました.そうすると,ある一定限度の書き込み回数だけを想定し,不揮発メモリ(Non-Volatile Memory)IPを無線LSIの中に組み込む事例があちらこちらに出てきています(図2).このようにすることで,外付けフラッシュROMをコストから外すことができます.そして外部コンポーネントのインターフェースに必要となるピンを削減できるので,コストも下げられます.さらには,内部のシャドウSRAMをなくすことで待機電力を改善できますし,ブートROMを不揮発メモリIPに置き換えることで速い起動時間を維持できます.
図2 直近のシステム設計案

これからのウェアラブルは,コイン型電池または太陽光発電などの環境発電によって何年も動作し続けなければならない,シングル・チップのシステム設計案が必須となります.そういった設計では,外付けのフラッシュROMの消費電力に加えて,シャドウSRAMの漏れ電流も容認できません.
●不揮発メモリIPを組み込んだこれからのウェアラブル
組み込み用の不揮発メモリ(Non-Volatile Memory)IPについては,以前のコラムで簡単に議論しました.不揮発メモリIPをライセンスしている日本のベンチャ企業,NSCore社も外付けフラッシュROMとシャドウSRAMを取り除くアプローチを推奨しています.「組み込み系プログラム格納場所としてFlash/EEPROMは広く使われていますが,SRAMにロードする必要があるため,ROMとSRAMという2重のコストを払う必要がありました.PermSRAMはCMOS上に不揮発メモリを実現するのみならず,SRAMと同等のデータ転送速度を実現できるため,MPUと同じシリコン上に搭載するPermSRAM一つでROM+SRAMと同等の構成が可能です.お客様のシステムからFlashROMを丸ごと除去することにより,大きな面積とコスト削減となることでしょう」(2*).
組み込み用の不揮発メモリIPのもう一つのメリットは,シリコン・ファウンダリの標準プロセスと標準デバイスが利用できる技術があることです.そういった技術を利用すれば,追加のマスク費用はかかりませんし,ウェハの焼き入れや紫外線消去といった作業からも解放されます.つまり無線LSIの開発費の負担を抑えられます.組み込み用の不揮発メモリIPは,複数の近距離無線通信規格を備え,低コスト化と超低消費電力でワンチップ・デザインが求められる新しいウェアラブル用途に最適と言えそうです.
参考・引用*文献
(1)ウェアラブル先陣争い,日本経済新聞 朝刊,2014年1月1日付
(2)NSCoreのWebサイト 商品情報のページ,http://www.nscore.com/ja/product/
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任している.専門は,経営管理,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理,ビジネス上の意思決定や交渉,企業倫理などをテーマに研究・執筆活動を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.