デバイス古今東西(29) ―― 製造ばらつき補正やセキュリティの用途で注目を集める不揮発メモリIP
半導体メモリは,大規模回路ブロック(IPコア)の一つとしてシステムLSIの中に組み込まれる傾向にあります.これは,別チップにするより,システムLSIの中に組み込んだほうが,実装面積,コスト,性能の三つの面で有利になるからです.
今回は,組み込み型の不揮発メモリIPに注目します.製品出荷後にファームウェアやセキュリティ情報を格納したいとか,製造時に個体差(ばらつき)が生じやすい製品に対して補正を行うための情報を格納したい,といった要求はあるでしょう.現在,不揮発メモリIPにどのような技術があるのか,そしてどのような用途に適用されるのかについて述べます.
●不揮発メモリとは?
半導体メモリは,揮発性か不揮発性かどちらかの特性を持っています.SRAMとDRAMは揮発メモリ(Volatile Memory)です.電源を切ると情報が消失します.不揮発メモリ(Non-volatile Memory)は情報を忘れません.
不揮発メモリには,1回だけ書き込み可能な(OTP:One Time Programmable)メモリと,再書き込み可能な(MTP:Multiple Time Programmable)メモリがあります.OTPメモリの代表格はマスクROMです.中身のプログラム情報は,半導体を製造する前にフォトマスクとして固定されます.任天堂の昔のファミリーコンピュータは,すべてのプログラムをマスクROMに格納していました.一方,MTPメモリの代表格はフラッシュ・メモリです.デジカメや携帯電話,スマートフォン,SDメモリ・カード,USBメモリなどに搭載されています.
●不揮発メモリIPには六つの方式がある
前述のように,半導体メモリはIPコアとしてシステムLSIの中に組み込まれています.もっとも普及しているメモリIPはSRAMとROMでしょう.組み込み型の不揮発メモリIPの選択肢は増えていますが,SRAMやROMほどには使われていません.しかし,コストの削減や性能の改善,高度な秘匿能力,柔軟性などの観点から,近年,大いに見直されています.
筆者の知っている範囲では,不揮発メモリIPには「フラッシュ型」,「マスクROM型」,「電気ヒューズ型」,「CMOSフローティング・ゲート型」,「ホット・キャリア(電荷)型」,「アンチ・ヒューズ型」の6種類があります.表1に各方式の特徴を示します.
プログラムのデータが製造前に確定している場合は,マスクROMが最適な選択になります.データがとても頻繁に変更されるのであれば,フラッシュ型がもっとも適当な選択でしょう.ただし,フラッシュ型のメモリをシステムLSIの中に組み込むことは,多少の困難が伴います.汎用であるCMOSロジック用シリコン・ウェハと互換性がないからです.
電気ヒューズ(e-Fuse)型はエレクトロ・マイグレーション効果により非導電状態とすることで書き込みを行います.ヒューズの多くは,ウェハの状態で正確に管理された電源を用いて書き込む必要があり,パッケージに封止された個別部品の状態で書き込むことは容易ではありません.ビット・セルの面積は,不揮発メモリとしてはもっとも大きくなります.シリコン・ファウンドリは,通常,電気ヒューズ型のマクロを無償で提供しています.
CMOSフローティング・ゲート型の代表的なメモリは,EEPROM(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)です.セルは通常のゲートの上にフローティング・ゲートを重ねて配置したMOSトランジスタ構造です.フローティング・ゲートの利点は,電気的に複数回の消去と書き込みが行えることです.ただしこの技術は,標準CMOSプロセスに対して数枚の追加のマスクと追加のプロセス(処理工程)を必要とします.すなわち,製造コストの増加をまねきます.
ホット・キャリア電荷型は,日本のIPベンダであるNSCoreの技術です.ホット・キャリア電荷を注入し,トランジスタを帯電させて書き込む方式です.ホット・キャリア電荷により,トランジスタのしきい値電圧およびドレイン電流の変動量を上昇させます.この帯電現象は不可逆な反応で,データを長時間保持します.
アンチ・ヒューズ型は,ゲート酸化膜を破壊して書き込みを行う技術です.この技術は,2000年以前には利用できませんでした.というのも,当時はゲート酸化膜の最大許容電圧(ゲート酸化膜の破壊電圧)が,エミッタ・ベース間,コレクタ・ベース間,コレクタ・エミッタ間の最大許容電圧(ジャンクション破壊電圧)と比べてとても大きかったからです.つまり,ゲート酸化膜を破壊することそのものがトランジスタを破壊することにつながっていました.しかし2000年以降,半導体の微細化が進展するとともに,ゲート酸化膜の破壊電圧とジャンクション破壊電圧の関係が逆転してしまいます.CMOSロジックにおいて0.18μmのプロセスが利用されるころには,アンチ・ヒューズ型の利用が可能となりました.
アンチ・ヒューズ型は基本的にはOTPメモリです.しかし半導体の微細化技術との相性がよく,他の方式と比べて,非常に大きなメモリ容量を実現できます.従って,複数の書き込み領域を用意すれば,書き込み領域が残っている限り,再書き込み可能な(MTP)メモリとして利用することが可能です.
●大容量品にはプログラム,小容量品には補正データやセキュリティ情報
不揮発メモリIPはどのような用途で使われるのでしょう.
現時点で考えられる大規模な容量,例えば4Kビット~8Mビット程度の不揮発メモリIPについては,グリーティング・カードや玩具,電子辞書内のプログラム・コード,マイコン用の起動用コードやファームウェア,パッチ用ROMコードなどの格納という用途が考えられます.一方,16ビット~16Kビット程度の小規模な容量の場合は,製造上のばらつきを補正するためのデータ,IDなどの識別コード,暗号化の鍵情報,不正コピー防止用の認証コードなどを格納する用途が考えられています.
不揮発メモリIPのアプリケーションとして,現在もっとも注目されているのは,テレビやパソコン,そして携帯型端末などです.今後も,大きな需要が見込めます.不揮発メモリIPは,これらの機器の中のRFレシーバICや画像センサIC,マルチメディア・プロセッサ,ベースバンド・プロセッサ,そしてアプリケーション・プロセッサに不可欠の要素技術となるでしょう.
やまもと・やすし
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.