デバイス古今東西(55) ―― 日本的経営の神話の一つを死守したエルピーダにもの申す

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2013年11月21日

 エルピーダ元社長の坂本 幸雄氏が上梓した『不本意な敗戦:エルピーダの戦い』には,日本的経営の神話の一つである雇用の死守,日本の半導体メーカの御用聞き商法の否定,社内組織・社内文化のムダとりに苦闘する一方,金融機関からの信用失墜などが述べられています.本コラムは,あくまで当該書籍の情報だけに限った筆者の主観印象を,多少の批判的見地から述べます.


●雇用を死守した体育会系経営者

 筆者は坂本氏と面識はありません.本書を読んで驚いたのは,同氏が米国の外資系企業を想像させるような経営者ではないということです.つまりコテコテの体育会系で,古くからの「日本的経営」の神話の一つである「(終身)雇用」を死守した経営者であることです.

 坂本氏は日本体育大学体育学科を卒業後,日本テキサス・インスツルメンツ社(TI)に入社してキャリア形成しておられます.TIはもちろん米国企業ですが,ただ当時の日本テキサス・インスツルメンツ社は外資の子会社であっても,あくまで日本の会社であったと思います.

 日本的経営とは,以前のコラムでも簡単に述べましたが,日本企業の成長と発展をもたらした「終身雇用」,「年功序列」,「企業内労働組合」の三つの柱,すなわち三つの神話で構成される日本独特の経営のことです.

 坂本氏は,「エルピーダでは,ひとりの解雇も出さなかった今回の対応を,従業員たちが大変喜んでくれました」,「(マイクロンがエルピーダを買収後)また,社員をひとりも解雇することなく再生することが出来ました.これはどんなにお金を積まれても代え難い経験です.この苦労と感動をエルピーダ社員の方々と分かち合いたいと思います」と締めくくっています.エルピーダは倒産はしたが,少なくとも雇用は死守した,というのが坂本氏の大きな主張なのです.


●「前垂れ商売」を反面教師に

 「前垂れ商売」または「前垂れ商法」とは,江戸時代の商人が行ってきた御用聞き商法のことです.顧客満足第一主義を原理原則として,顧客ニーズを的確に把握し充足させる商法です.坂本氏は,「お客様の言うことを忠実に実行するだけの『前垂れ商売』ではうまくいかない」と主張しています.さらに,エルピーダを含めた日本の半導体企業には,大手電機メーカの一部門として発足した歴史があり,主導権は常に「半導体を使う側」が握ってきたことを述べています.「(半導体メーカが)ビジネスの主導権をがっちり握ることが出来れば,たやすく高収益をあげられる」,「半導体会社の理想は,やはり,これです」と,エルピーダはビジネスの主導権を握る半導体メーカであることを念押ししておられます.

 こうして,エルピーダが2003年から手がけているモバイルDRAMが,その主導権を握るための戦略商品と位置づけられました.「先取り型の技術開発」の一例です.モバイルDRAMは,パソコンに搭載される汎用DRAMの動作と基本的に同じです.ただし,最先端のプロセス技術と回路技術を使って,いろいろな動作時そして待機時を想定して消費電流を低く抑える機能がある点で異なります.

 「1ドル100円弱の為替レートであれば,台湾のレックスチップより広島工場の方が,DRAM1個あたりの製造コストが安くなっています.この水準がキープできるなら,日本で生産を続けても問題ないといえるでしょう」.そして,「モバイル化の大波が本当に来るのか,あるいは,いつかは来るとしてもそれがいつなのかということに確信が持てず,債権者から責められ,うつむく日々が続いていました」と述べています.経営者にこういった言い訳は通用しませんが,超円高ならびにスマホの大波の時期の不確実性が経営を一層困難にさせていたことがわかります.


●社内組織や社内文化のムダとりに尽力

 坂本氏は,経営企画部門を「日本企業の『いらないもの』の一つ」と位置付けています.「多くの経営企画部門では,財務や法務など管理系の人たちが集まって,市場や技術の最新動向とは遊離したところで,会社の主導権を握ろうとしています.しかし,外国の企業では,これに相当する部署を見たことがありません.まともな会社なら,会社の大きな方向性を決めるのはトップです.あるいは,個別の事業であれば,事業部長が決めます」.「経営企画部門が幅をきかすということは,ひとりの社長では手に負えないほど事業範囲が拡がっている証しであり,会社として深刻な問題を抱えていることの裏返しだといえるでしょう」.

 「日本の企業のなかには,『選択と集中』と言いながら,選択も集中もできていない会社が多くあります」,「アメリカ企業のリストラといえば,人員削減や拠点閉鎖などもありますが,まずは,製品の絞り込みです.TIもそうですし,インテルもそうです.同じようにリストラをしているように見えて,実は,日本企業とアメリカ企業のリストラの中身は大きく違います」.「本当の『選択と集中』とは,(日本企業のような)子会社化したり関連会社の数を減らしたりすることではなく,自分たちが将来,必要としない事業を,できるだけ高い値段で他社に売り,その資金を使ってコア事業をよりいっそう強化することです」.

 坂本氏は,経営企画部門をなくし,米国流の「選択と集中」を実践したこと以外にも,さまざまな組織改革や,社内文化におけるムダとりをしてこられました.例えば,たすき掛け人事や,むだな社内向け豪華資料類などです.さらには,カルチャ刷新,フルーガル・イノベーション(Frugal Innovation:ケチな・質素な・つつましい技術革新,金がないところを知恵で補うという意)を定着させた功績があったといえます.


●交渉カードの切り方と受け取られ方

 坂本氏は,「半導体ビジネスでは『カネ食い虫』と言われるほどの資金の集中投下が必要で,うまく資金調達できるかどうかが競争力の決め手となります」と述べています.半導体メモリは特にそうですが,資本を投下すればするほど,単位資本当たりに生産されるメモリの原価が下がっていく,という競争事業なのです.従って,メモリの製造事業では,大規模な資本を投下し続ける企業だけが勝ち残る,ということを十分理解しておられます.

 「一連の経緯から,私にも十分な反省があります」というコメントに,筆者は自分が起業したときのことを思い出しました.それは,ある銀行に勤めていた筆者の同級生からもらった「新米社長のすべからざる集」にあった注意事項の一つです.朝令暮改(今は,朝礼朝改の時代かもしれません)はあったとしても,原理原則や100%しっかりした主張は変えてはいけない,ということです.

 「Don't put all your eggs in one basket.(ひとつの籠に卵を全部入れるな)という英語の諺(ことわざ)がありますが,私は,これが経営のイロハだと思います」.つまり,経営の意思決定上のリスク分散です.「これしかないと決め打ちして,それが頓挫すると手の打ちようがないというのは,経営者として失格です」.

 「しかし,いまから振り返れば,私に対する銀行団の信用が薄れたのは,私のこうした考え方や行動にあったのかもしれません.あるときはマイクロンとの提携話の進捗を報告し,あるときは別の会社が有望なパートナだと言うと,『坂本の言うことは,くるくる変わる.本当にちゃんと交渉をまとめる気があるのか』と受け取られるおそれがありました.実際に,そうした声があったとも聞いています.しかし,私に言わせれば,交渉にあたって何枚もカードを用意しておくのは当たり前のことです.『これがダメなら,あのカードを切ろう』というのが,プロのネゴシエータです.そんな私の手法が金融機関に理解してもらえなかったことは,残念でした」.

 社長として,金融機関に対して変えてはいけない主張や説明責任が変わってしまうという印象を与えていたことは大きな問題であったように思います.考えうる選択肢の代替案を導出し,金融機関との対話に時間と回数をかけて,技術の素人相手にもう少し丁寧な説明が求められていたと言えましょう.


参考・引用*文献
(1)坂本 幸雄;『不本意な敗戦:エルピーダの戦い』,日本経済新聞社,2013年10月.


◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

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