デバイス古今東西(34) ―― ルネサス,富士通,パナソニックのシステムLSI事業統合案に対する海外の視点と「日本的」妥協案

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2012年2月25日

 国内半導体メーカ3社のシステムLSI事業の統合交渉に関するスクープ記事が注目を集めています.ルネサス エレクトロニクスと富士通,パナソニックの3社がシステムLSI事業を切り出し,新たな半導体設計会社を設立するというものです.ここでは,この統合案前後の海外からの視点の幾つかを紹介し,統合案の背景にある,今も継承されている日本的経営について触れます.

 

●2年に1回の頻度で出てくる半導体事業の統合論議

 2012年2月8日の日本経済新聞 朝刊に,3社の事業統合交渉のスクープ記事が掲載されました.「ルネサス エレクトロニクスと富士通,パナソニックの3社が半導体の主力事業を統合する方向で協議を始めた.家電製品などに組み込むシステムLSI事業を3社が切り出し,官民ファンドの産業革新機構が出資して半導体設計会社を設立する.革新機構は米国企業(グローバル・ファウンドリーズ)と半導体を受託生産する新会社も併せて設立する.日本の主要半導体メーカを設計部門と製造部門に集約し,開発力の強化で生き残りを目指す大がかりな再編が動き出す」という内容です.

 さらに「3社と革新機構は(2012年)3月末までの基本合意を目指す.2012年度末までの事業統合に向け交渉する」,「各社の生産部門を集約し,『日の丸ファウンドリ』(受託生産会社)を作る構想も過去には何度も浮上し,頓挫した」,そして「今回の再編協議も曲折が予想されるが,競争力の強化は待ったなしだ」と締めくくっています.

 日本の半導体事業の再編協議は数多く浮上し,その幾つかは頓挫したり,あるいは実際に経営統合が実現したりもしました.例えば,2008年ころには東芝と富士通が半導体事業で資本・業務提携交渉を進めている,という報道がありました.2010年4月には,NECエレクトロニクスとルネサステクノロジが経営統合し,ルネサス エレクトロニクスが誕生しました.しかし,再編前,再編後のいずれも,製造ラインや人員のリストラを進めることが課題とされてきました. 

 

●日本のSoC開発は世界で最も過小評価されている

 欧米では日本の半導体事業についていろいろな意見があります.ここで,日本の半導体メーカと取引を行っているIPベンダ,米国Kilopass Technology社 President & CEOのCharlie Cheng氏の主張を紹介します.これは,「For 2012,Power,Japan,and Packaging Represents Semiconductor Opportunity」というタイトルで,2012年1月25日に同社のWebサイトに掲載されたものの抜粋です(1)

 「私は,2012年にも日本の半導体産業に劇的な変化が起こるだろうと確信しています.すでにファブライト企業(少なくとも40nm,およびそれ以下のプロセスについては外部のファブを利用)および合併企業(日立・三菱・NEC)を含め,日本企業は成功するための新しい処方を探し続けています.東芝はフラッシュ・メモリで競争する『規模の経済』を必要としています.そしてエルピーダは根本的な変革を必要としています.

 一方,SoC(System on a Chip)の事業はより複雑です.この領域では,トップ10に入る主要な製品は別として,日本ブランドの製品のほとんどは実際には海外で設計されており,またODM(Original Equipment Manufacturer:ここでは半導体ファウンドリの意味)企業が世界規模で供給している海外製の部品が使用されています.日本のSoC事業は,世界市場の携帯電話やクラウド・コンピューティングにおいて存在感が薄く,かろうじてマイコンやホーム・インフォテインメント(宅内情報機器やエンターテインメント機器など)という限られた分野である一定の地位を獲得しています.さらに付け加えると,この二つの分野でさえ,世界的に見ると徐々に失速の兆候が見えてきています.

 しかし,日本企業は優れた技術を持っています.おそらく日本企業のSoC開発のチームは経験豊富でありながら,その能力が十分に生かされておらず,世界で最も過小評価されていると思います.2012年は,こうした能力が解放され,全世界を見渡せるマーケティング・チームおよび半導体ファウンドリと融合する年にならなければなりません」(翻訳は本稿の筆者による).

 

●事業統合案に対して批判的な見方も

 2012年2月7日のEE Timesの記事は,先の日本経済新聞で報道された事業統合案に対してかなり批判的です(2)

 まず,携帯機器市場で米国Qualcomm社に取って代わることを目指しているルネサス モバイル(ルネサス エレクトロニクスの子会社)にとって,ASICに軸足を置いた富士通の半導体事業,グループ会社向けのLSI開発が中心のパナソニックの半導体事業との統合に意義があるのか疑問である,と述べています.パナソニックについては,UniPhierというディジタル家電向けプラットフォームの構築を機にSoCの外販を拡大しようとしたものの,MStar Semiconductor社やMediaTek社といった台湾勢との勝負に負け,プロジェクトがうやむやに終わってしまった経緯があります.そして富士通については,日本市場の顧客の要求に従ってASICを巧みに作り上げる力を持っているものの,世界を相手に標準品のASSP(Application Specific Standard Product)を供給するサプライヤには転身できませんでした.つまり,現時点ではこれら3社の資産を統合するというだけで,事業の展望について,いまだ手探り状態にあるということです.

 さらに,二つの共同事業会社(一つは設計会社であり,もう一つは製造会社)を作るという方針についても,日本の社会で悪者扱いされやすい"首切り"を行わず,併せてもはや不要となった過剰な設備を手放したいという,分かりやすいシナリオであることを暴露しています.

 

●「日本的経営」は今も続いている

 1991年ころのバブル崩壊の後,それまで日本企業の間で共有されてきた価値観が失われていきました.その一つが「日本的経営」という仕組みです(3).「日本的経営」とは,James C. Abegglenが言った「終身雇用」,「年功序列」,「企業内労働組合」です.この3本柱が日本企業の成長と発展をもたらしました.

 このような経営手法は,戦後の復興期から雇用の流動化と実力主義が浸透した2000年ころまで続きました.その根幹は,社員を重視した企業経営を実践するということにありました.しかし,日本の企業が国内だけでなく海外も視野に入れたグローバル資本へと移行するにつれて,株主重視の経営が求められるようになりました.同時に企業は,社員を命令や強制,あるいは統制で管理し,成果だけで評価する傾向が強くなっていきました.多くの企業で実力主義が浸透し,雇用の流動化が進んだと言われています.

 確かにこうした動きがあったことは否定できません.しかし,すべての企業がそうだとも言えません.東証一部上場企業であるサトーの会長だった故 藤田 東久夫 氏は,著書の中で「結局,企業は人が動かしているのです.リストラ大流行の今こそ『企業は人なり』と声を大にして言うべきでしょう」と述べています(4)

 おそらく事業統合がうわさされている今回の3社,そしてその親会社も,いまだ伝統的な「日本的経営」を維持しているのでしょう.大きなリストラを行わずに,社員を重視した企業経営の実践と雇用維持が主目的であり,産業革新機構の背後にいる経済産業省の支援があればこその,一つの「日本的」妥協案だと言えます.

 

●参考文献
(1) Charlie Cheng;"For 2012,Power,Japan,and Packaging Represents Semiconductor Opportunity",http://www.kilopass.com/for-2012-power-japan-and-packaging-represents-semiconductor-opportunity/,Kilopass Technology, Inc.
(2) Junko Yoshida;"Japan Inc. faces choppy seas",http://www.eetimes.com/electronics-news/4235963/Commentary--Japan-Inc--faces-choppy-seas,EE Times,Feb. 7, 2012.
(3) ジェームス・C・アベグレン;日本の経営,ダイヤモンド社,1958年.
(4) 藤田 東久夫;変化と行動の経営,http://www.tokuo-fujita.jp/kotoba.html

 

やまもと・やすし


●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

 

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