ソフトウェア・プロダクト・ライン開発手法の実践的導入事例(4) ―― 社内・社外から見た導入のかぎ
2.社外から見たプロダクト・ライン成功の理由
筆者(中西)は,共同研究やコミュニティ活動で富士通九州ネットワークテクノロジーズと密にかかわり,外から同社を観察してきました.ここではそのような社外の視点から,同社がプロダクト・ライン開発の導入に成功した要因をまとめます.なお,筆者の主観的分析であることをあらかじめお断りしておきます.
筆者はこれまで,少なからぬ国内企業がプロダクト・ライン開発に強い関心を持ち,調査は行いつつも,導入をためらっている様子を見てきました.支援部門はプロダクト・ライン開発の必要性を認識し,効果に期待しているのですが,開発部門や経営陣への説得,特に費用面での説明に窮しているというケースを非常によく見かけます(逆に,開発部門で現場レベルのプロダクト・ライン開発に取り組もうとするものの,会社としての承認や支援が得られず,継続的に実施できないケースも見られる).
プロダクト・ライン開発導入の際には費用面での効果の説明が必要だ,とはよく言われることです.しかし,興味深いことに,同社では「信じること」からプロダクト・ライン開発の導入を始めています.もちろん,費用の見積もり(と計算)は都度行っているわけですが,費用面の予測ではなく,費用面の制約から下した判断が,結果的にプロダクト・ライン開発を成功に導いています.
今回,支援部門,経営陣,開発部門の三者が局面局面で重要な役割を演じており,このうちの誰を欠いても成功はなかったように見えます.支援部門は先行調査,経営陣への説明,社内諸開発部門への導入呼びかけやプライベート・セミナの開催など,初期にはプロダクト・ラインの「浸透」に努め,その後は部門間の糊(のり)として動いていました.経営陣の早い時期からの導入支持,その後最初の成果が出るまでの開発・支援両部門への継続的投資も大きな成功要因です.特に,プロダクト・ライン開発にはつきものの「費用がかかっているのに成果がまだ出ない」困難な時期,この時期の経営陣の「継戦」判断がなければ,プロダクト・ライン開発導入は失敗し,将来を含めての導入もあり得ませんでした.最後に,開発部門の「突破」でプロダクト・ライン開発の成功が確実なものとなりました.突破を可能にしたのは,開発部門自身がプロダクト・ライン開発のパラダイム(すなわち大局観の構築と上流工程からの再利用への備え)をよく理解し,合理的な開発戦術を採用できたことに尽きます.
同社に顕著だったのは,プロダクト・ライン開発を受動的に受け容れるのではなく,セミナや社内での議論を通して,関係者がプロダクト・ライン開発のパラダイムをよく理解し,自身で開発のやり方を変えていった点です.プロダクト・ライン開発の開発方法論やケース・スタディは国外で多く発表されているのですが,プロダクト・ライン開発の実施に何か決まったやり方があるわけではなく,これらをナイーブに真似たところでうまくいくわけではありません.最も大事なことは,プロダクト・ライン開発のパラダイム,いくつかの基本概念の意味を理解し,それらを自社のやり方に取り入れていくことであり,何も最初から複雑なことをする必要はありません.そうしなければ,プロダクト・ライン開発の導入障壁は果てしなく高くなり,プロダクト・ライン開発の果実を得る前に疲れ果ててしまいます.
まずプロダクト・ライン開発を理解し,プロセス改善の一環としてプロダクト・ライン開発を導入し,自身で従来の開発プロセスをプロダクト・ライン開発向けに再定義できたのが同社の大きな成功要因と言えるようです(もちろん,プロセスに沿った開発はプロダクト・ライン開発導入の前提条件である).これは,「自分たちは当初,プロダクト・ライン開発というものを難しく考え過ぎていた」という彼らの言葉にも端的に表れています.
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全4回にわたり,富士通九州ネットワークテクノロジーズでのプロダクト・ライン開発の取り組みを紹介しました.プロダクト・ラインの開発手法は,開発現場への導入がなかなか難しいものですが,当社では経営層,推進者,現場の技術者に加えて,九州地域の知見者の支援により,一定の成果を挙げることができました.とはいえ,部品化,再利用が組織に根付くまでにはまだまだ時間が必要であると感じています.
本連載が現場でソフトウェア・プロダクト・ライン開発に取り組んでおられる方々の参考になれば幸いです.
いわさき・たかし
富士通九州ネットワークテクノロジーズ(株)
うちば・まこと
富士通九州ネットワークテクノロジーズ(株)
なかにし・つねお
九州大学 システム情報科学研究院