デバイス古今東西(33) ―― 製品化が相次ぐARM搭載FPGAのメリット,デメリット

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2012年1月27日

 半導体デバイスの「エネルギー効率」という概念は,「性能向上」と「低エネルギー消費」の双方の要求にかかわる指標です.本稿では,まず,このエネルギー効率の優秀性を主張している昨今の英国ARM社のプロセッサIP(Intellectual Property)と,同社のFPGA(Field Programmable Gate Array)への対応について概観します.そして,組み込み機器へプロセッサIPを導入する際のメリットについて考えてみます.

 

●FPGAとARMプロセッサIPを統合したデバイスの発表が相次ぐ

 米国Apple社の「iPhone」やAndroid搭載のスマートフォンには,無線,有線といった多用なネットワーク接続機能,加速度センサやタッチ・スクリーンなどのアナログ・センサ機能,そして高速なデータ処理能力,高度な通信処理能力,バッテリ寿命の延長といった要素が求められます.これらの要求を二つに分類すると,「性能向上」と「低エネルギー消費」に分かれます.もともとコンピュータは伝統的に性能重視で,低エネルギー消費の優先順位は二の次でした.現在では性能向上だけでなく,低エネルギー消費も重視した開発の姿勢が必要とされています.

 この二つの矛盾する要求を表現する指標として,最近は「エネルギー効率(Energy Conversion Efficiency)」という概念がよく用いられています.この概念は,デバイスに入力する総電力量と,そのデバイスから出力され,有効に利用される総電力量の比で表現します.エネルギーを無駄に熱として消費するデバイスであれば,エネルギー効率は0に近づきます.効率が良ければ1に近づきます.最近では,エネルギー効率の高さを,自社の組み込みプロセッサを売り込む際のセールス・トークとして利用する例が散見されます.

 ARM社は,エネルギー効率の優秀性を主張しているプロセッサIPベンダの1社です.昨年発売されたApple社のiPhone 4SやiPad 2,Android搭載のスマートフォン,タブレット端末,携帯電話,携帯ゲーム機などに,ARM社のプロセッサIPが数多く採用されています.

 2011年10月11日,このARM プロセッサ・コアとFPGAを統合した「SoC FPGAファミリ」を米国Altera社が発表しました.同社のCyclone VおよびArria VのFPGAにデュアルコア構成のARM Cortex-A9 MPCoreを組み込んだデバイスです.同じように米国Xilinx社もCortex-A9 MPCoreと同社のFPGAを統合した「Zynqファミリ」を発表しています.

 ただし,大手FPGAベンダがARMプロセッサIPを統合したデバイスを発表したのは今回が初めてというわけではありません.実は2000年に,Altera社はARM922Tを搭載した「Excaliburファミリ」というデバイスを発表したことがあります.これは必ずしも成功した製品とは言えませんでした.組み込みプロセッサが必要となる新規設計には,Altera社自身,Excaliburデバイスではなく,同社独自開発のソフトIPプロセッサ「Nios」の利用を推奨していたくらいです.Xilinx社も同時期に,独自のソフトIPプロセッサ「MicroBlaze」の提供を始めています.

 

●ARM社がFPGA専用のソフトIPを提供

 先に述べたAltera社とXilinx社のデバイスに組み込まれているCortex-A9 MPCoreは,ハードIPプロセッサでした.一方,FPGAに組み込めるARMプロセッサのソフトIPも存在します.それが「ARM Cortex-M1」です.

 Cortex-M1はFPGA専用に設計されています.Altera社,Xilinx社,Actel社のFPGAをサポートしており,主要なFPGA向けの論理合成ツールに対応しています.このCortex-M1を使用することで,FPGAやASIC(Application Specific Integrated Circuit)など,ARMプロセッサIPを利用するプロジェクトにおいて,一貫性のある開発を行うことが可能となります.

 このような開発は,ツールに対する投資の合理化やコスト削減につながります.これは,NiosやMicroBlazeでは実現できなかったことです.また新規の設計については,ARMプロセッサIPのライセンス料(設計時に一括して支払うIPコアの使用料)やロイヤリティ(製造したチップの個数に比例して支払う費用)の支払いは不要になっているようです.

 

●単体のプロセッサを採用したほうが良い場合も

 FPGAとプロセッサIPを統合したデバイスが相次いで発表されていますが,実際にはFPGAとディスクリートの(単体の)プロセッサの組み合わせ(つまり,2チップ構成)を選択した方がよい場合も少なくありません.

 例えば,製品寿命が短く,チップ・コストの低減が強く求められる場合です.携帯電話などの民生機器がこれにあたります.製品寿命が長くないので,供給される(ディスクリートの)プロセッサが生産中止になる確率は低いと言えます.

 数多くのプロジェクトで単一アーキテクチャのプロセッサを利用している場合も,ディスクリートのプロセッサのほうが良いでしょう.FPGAに搭載するプロセッサIPを利用した経験が乏しく,特定のプロセッサを大量に購入している場合には,経済合理性の面からディスクリートのプロセッサを選択したほうが良いと思います.

 一方,ディスクリートのプロセッサを利用するリスクもあります.その一つは,収益性のリスクです.仮に一つのプロセッサを数世代に渡って使い続けたとき,プロセッサの世代ごとのチップ・コスト低減の恩恵が受けられず,収益性が落ちることが考えられます.次に,生産中止のリスクです.プロセッサが生産中止になったとき,再設計の工数が発生します.周辺部品も時間の経過とともに生産中止になる可能性があります.

 

●FPGAとプロセッサIPを統合するメリットは?

 今度は,FPGAとプロセッサの2チップ構成から,FPGAとプロセッサIPを統合した1チップのデバイスへ移行するメリットを考えてみましょう.

 まず,既存のソフトウェア資産を有効利用できます.C言語のプログラムであれば,保守性も高いでしょう.

 製造中止のリスクを回避できるという利点もあります.プロセッサIPを利用すると,生産中止のリスクはほとんどありません.仮に,使用しているFPGAが生産中止になっても,別のFPGAへの移植は容易です.プロセッサのハードIPを搭載したFPGAが生産中止になった場合は,同じプロセッサのソフトIPを利用する方法が考えられます.周辺デバイスについても,同様のことが言えます.周辺回路をIP化しておけば,周辺デバイスの生産中止のリスクは小さくなります.

 このほか,FPGAの性能向上に伴って,ディスクリートのプロセッサよりも高い性能を実現できる可能性があります.そうなると,製品寿命を延ばせるかもしれません.

 最近ではハードウェアとソフトウェアの双方の設計,および検証を同時に行える環境(プラットフォーム)も提供されています.デバッグ作業の時間が短くなり,商品開発の期間が短縮されることが期待されています.

 

やまもと・やすし

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

 

 

 

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