iPhoneと組み込み技術で未来を考える(7) ―― ライフログ計測のための組み込みシステムとiPhone
●誰のためのライフログか
さらにもう一つ重要なことは,誰がそのライフログを参照するのかに合わせて,「どのような情報を残すべきか」,「ライフログのデータベースの構造をどのようにするべきか」を決めなければなりません.タグを使って検索ができる半面,まとまった情報を一括して参照したい場合などは,データベースの構造の作り方によってアクセスする情報や手段が変わってきます.
前回まで,高齢者の情報支援としてのロボット・パートナの重要性について紹介してきたので,ここでも高齢者のライフログの扱い方について考えてみたいと思います.ライフログは,多くの場合,自分自身のために残すものですが,本人を取り巻く人たちにとっても重要な役割を果たします(図3).
図3 参照したいライフログの情報
例えば,訪問介護が必要な高齢者は,日々の生活の管理を介護福祉士(以下では,介護士)に委ねていたりします.軽度の認知症の高齢者は,自分自身が失われていくという不安の中で,日々のライフログを残しながら,自分自身の過去と現在をつなぎ止めようとしています.平凡な暮らしの中でうれしかったことや何か新鮮に感じたことなどをつづっています.
一方,介護士の立場から考えると,高齢者が日々,変わらぬ生活を維持するための健康管理として,水分を摂取した回数やトイレに行った回数などの情報を必要としています.また,家族が遠隔地に住んでいる場合,振り込め詐欺などの電話がなかったかどうか,怪しい訪問販売に引っかかっていないかどうか,などが知りたかったりします.
このように,誰が参照するかによって,必要とされる残すべきライフログは異なってきます.しかし,高齢者自身がiPhoneなどを用いてこれらの情報を全て記録することは,現実的ではありません.従って,センサ・ネットワーク・デバイスによる受動的なセンシングとロボット・パートナとのコミュニケーションによる能動的なセンシングが必要になってきます.
●センサ・ネットワークとロボット・パートナを併用
センサ・ネットワーク・デバイスを用いることにより,ライフログを残すためのデータを容易に計測できます.例えば,加速度センサを用いたドアの開閉の検出,照度センサを用いた冷蔵庫やキャビネットの開閉の検出などが行え,ここに時間帯の情報を加えることで,自動的に高齢者の状態を推定できます.ただし,あくまでも推定ですので,精度の問題は残ります.例えば,朝,高齢者が冷蔵庫を開けたあと,ロボット・パートナが高齢者に「これから朝食を食べるの?」と聞くことにより,その返答から,朝食を食べるのかどうかが特定できます注4.
注4:ただし,高齢者の返答内容の正しさや音声認識の正しさなど,不確定な要素は完璧には消えない.
このように,センサ・ネットワークが受動的にセンシングして状況を抽出することを「受動的知覚」,ロボット・パートナからの対話などに基づいて能動的に状況を特定することを「能動的知覚」と呼ぶことにします注5.
注5:一般に,受動型センサは対象が発する信号を受信することで検知し,能動型センサはセンサが光や電磁波などの信号を発して,その反射などを受信して検知する.ここではこの定義にしたがい,知覚の観点から考えた場合,対象に向けて知覚可能な情報を発したかどうかで,受動的知覚と能動的知覚に分類した.
センサ・ネットワークとロボット・パートナを併用することで,ライフログの保存に必要な労力の軽減が期待できます.
ライフログを広い意味で,個人の生活に関わるすべてのデータとして捉え,以下の三つに分類することにします(図4).
- 自宅のリビング・ルームなど,各種センサを用いて個人を特定した上で局所的に計測することが可能な屋内でのライフログ
- 個人を特定したり,局所的に計測することが困難な屋外でのライフログ,あるいは活動ログ
- 個人そのものに関する情報,つまり個人の趣味や好みなど,生活ログ・データから抽出された個人の特性などを表す情報(個人情報)
図4 ライフログの計測
まず,屋外でのライフログの収集について考えてみます.基本的に屋外でのライフログの計測精度を高めることは容易ではありません.基本的なデータとして,GPSによる移動軌跡や歩数計などによる歩行距離は推定できます.また,SuicaやEdyなどのようなICカードや電子マネーを用いることにより,地下鉄などの乗車履歴やコンビニなどでの購入履歴を参照できます.コンビニでの購入物品のリストが容易に参照できるようになると,多くの情報を収集できます.
次に個人情報ですが,屋内外での活動履歴や購入履歴から個人の趣味や嗜好を抽出することにより,取得できます.さらに,データ・マイニングを行う際に,ロボット・パートナなどとの対話により,個人の趣味や興味を聞き出しながら,必要とする情報を効率よく抽出できます.これは,大規模なデータから個人の目的や嗜好に合わせて情報を抽出するアクティブ・マイニングという考え方に似ています.