デバイス古今東西(12) ―― 日米半導体メーカの税務コストに対する意識と戦略の違い

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2010年5月12日

 日本の法人税の税率は海外と比較して高いと言われています.しかし,法人税の税率の比較だけで日本企業の税負担が高いとは一概には言えません.なぜなら海外企業と比較してみると,税負担の削減努力が不足している様相がうかがえるからです.

 ここでは,日米の代表的な垂直統合型半導体メーカ(IDM:Integrated Device Manufacturer,以下IDM)である米国Intel社,米国Texas Instruments社旧NECエレクトロニクスロームを例に取り上げて,税務コスト管理についての考察を行ってみます.

●法人税の引き下げと国際競争力

 企業は,企業の最終的な儲け(もうけ)である純利益に対する法人税の税率分を,企業の現金収支(キャッシュ・フロー)に関係なく,確定された期日に納税しなければなりません.しかし,企業の会計上で黒字になっていたとしても,現金が少なくなってしまう場合は珍しくありません.このほか,工場施設や研究開発費などの投資への資本投下を行う現金の前払いや在庫,従業員への賞与の支払いなどの問題があります.

 多くの場合,金融機関からの借り入れでキャッシュ・フローを保たなければなりません.納税資金の確保もキャッシュ・フローの範ちゅうであり,重要な経営管理の一つです.

 昨今,日本企業の国際競争力を確保するため,この法人税の税率引き下げの議論が重ねられています.企業の税負担を軽減させれば,企業の最終的な儲けである純利益が増え,株主資本利益率(ROE)が上昇するからです.そして,キャッシュ・フローの改善にもつながります.つまり,法人税の税率引き下げは,株主の視点からみると投資の見返りの効果が大きく,企業の視点からみると事業の投資に使える現金も増え国際競争力を高めることができます.

●「法定実効税率」をそのまま納税するわけではない

 日本の法人税は,法人地方税と国税の法人税の合算です.例えば東京にある企業の場合,現在の法人税の税率は40.69%です.この税率は,表面税率(課税所得に課税される法人税,住民税,事業税の実際税率)に基づいた所定の算定式で算出されており,「法定実効税率」と呼ばれています.

 米国の法人税も法人地方税と国税の法人税の合算です.例えばカリフォルニア州の場合,現在の法定実効税率は40.75%です.これは日本とほぼ同水準であり,フランスの33.33%,ドイツの29.83%,イギリスの28.00%など,先進諸国と比較すると高水準にあります.ちなみに中国は25.00%,韓国は24.20%となっています.

 しかし現実の社会において,「法定実効税率」で算出された数字がそのまま納税する金額になるとは限りません.その理由はさまざまですが,会計の領域になるのでここでは説明を省略します.とにかく,理論上の法人税の負担率である「法定実効税率」に対して,実際に支払う法人税の負担率である「税効果会計適用後の法人税等の負担率」というものが会計上には存在します.

 

注: 税効果会計:企業会計上の収益または費用と,課税所得計算上の益金または損金の認識時点の相違などが原因で,企業会計上の資産または負債の額と課税所得計算上の資産または負債の額に相違がある場合,それらの相違にかかわる法人税などの額を適切に期間配分するための会計上の手続き.

 

●日米税務コスト管理を比較すると…

 それでは,IDMの代表的な日米企業の連結決算から「税効果会計適用後の法人税などの負担率」を見てみましょう.代表的な例として,日本は旧NECエレクトロニクスとロームを,米国はIntel社とTexas Instruments社を取り上げてみます.

 まず,旧NECエレクトロニクスの連結会計年度は,平成18年から昨年まで税引き前当期純利益が赤字となっているので,連結会計年度(平成17年3月31日)で参照してみます.その年度の「税効果会計適用後の法人税等の負担率」は40.5%となっています.つまり旧NECエレクトロニクスの場合,ほぼ法定実効税率相当で納税していると言えます.

 次にロームです.その連結会計年度(平成21年3月31日)は税引き前当期純利益が赤字となっているので,同じく連結会計年度(平成20年3月31日)を利用してみます.その会計年度では,「税効果会計適用後の法人税等の負担率」は44.9%となっています.つまり,「法定実効税率」は40.69%ですから,本来支払う金額以上に納税を行っていると言えます.

 最後に米国企業はどうでしょう.Intel社とTexas InstrumentsI社は双方とも,2009年12月の会計年度において黒字を達成しています.そして,これら2社の「税効果会計適用後の法人税等の負担率」は,それぞれ23.40%,25.30%となっています.つまり,この米国2社は,日本とほぼ同水準の法定実効税率の国にいながら,本来納税する金額よりかなり低い税務コスト負担で済んでいるのです.

●税務コストに対する意識の違いが税務戦略の違いに

 日本の企業の多くは,法人税を,交通費,会議費,広告費などのコストと同一視する傾向にはありません.一般的に税金は,多く支払うのが美徳との意識があったり,企業の税務担当者は,税務当局の調査で指摘される事項を減らすのが役割とされてきました.

 日本の企業は,経営上,法人税という税務コストの最小化を実践することをあまり重要視してこなかったと言えます.これは,日本の企業の経営者は,株主からそれほど強く監視されているわけではなく,むしろ逆に不祥事を恐れ,税務コストに対して保守的な傾向にあることが原因の一つと考えられます.

 一方,米国企業の多くは,税金をコストと考えていますから,国際連結経営に対応した税務戦略をしたたかにとっています.もっとも分かりやすい例は,本社の機能を法人税率が低い国に移すことです.あるいは,分社化して子会社を税率が低い国に設立する方法もあります.

 これに対して日本では,親会社が低税率国の子会社から配当を得ると追加課税が発生します.しかし米国では,子会社の利益を現地で再投資に向ければ節税が可能なので,連結における法定実効税率の引き下げが可能となります.

 このように,IDM企業における税務コストへの意識は,日米では対照的です.

 例えばIntel社とTexas Instruments社は税務コストを低減することを,企業価値の向上と競争力の一要因と考えているようです.実際,米国の大手企業では,国際連結経営において不可欠となった税務コストの削減のための計量モデルを用いて,国家間のさまざまな法的制約条件も加味して,税務コスト最小化のシミュレーションをしている場合があります.そして,税務コストを下げる多様な節税手段を提案したり,そういったツールを提供しているコンサルティング企業も存在しているのです.

 要するに,日本のIDM企業の多くは,米国企業と比較して,税務コストの削減に対する努力が不足していると言えましょう.その努力不足は,税金に対するコスト意識の低さのほかにも,企業の持つ重要な機能を本国以外の地域に大胆に国際展開してこなかったという歴史的な背景,すなわち,本コラムの第9回目「日本の半導体メーカに求められる『グローバル志向」の意味でも述べたように,「グローバル戦略」の乏しさも税務コストの意識や戦略性の低さの一つの要因となっているようです.

 このように海外と比較してみると,日本の法定実効税率は高いといえます.昨今,議論されている「法人税の税率引き下げ」に関する問題は,株主の視点からも投資見返り効果が大きく,企業の視点からも事業の投資に使える現金も増え国際競争力を高められるというメリットがあります.あるいは,海外企業の国内誘致のためにも有効と言えます.

 ただし,米国の法定実効税率が日本とほぼ同水準であることを踏まえると,先に述べた米国IDM企業は,なんらかの国際連結経営に対応した税務戦略をとり,実際に支払う法人税の負担をかなり低くおさえている工夫をしているようです.

 つまり,企業努力によって法人税の税負担を低減させることができるという事実もあり,冒頭に述べた通り,法定実効税率の比較だけで日本の法人税の税率引き下げ,という単純な議論はできないと言えます.

 

●参考資料

(1) 法人所得課税の実効税率の国際比較:財務省 税制ホームページより引用 
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/084.htm

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.

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