デバイス古今東西(9) ―― 日本の半導体メーカに求められる「グローバル志向」の意味

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2010年2月 4日

 日本の半導体メーカは従来のローカル志向の戦略からグローバル志向の戦略へと転換が求められています.本コラムでは,グローバル志向の人材の創出の重要性と,生産だけでなく購買・開発・営業も交えた「統合型のもの作り」の組織が未来志向の姿であることを述べます.

●「分業の米国」と「統合の日本」

 経営学者の藤本 隆宏氏は,もの作りにおける日米それぞれの得意技として,「分業の米国」と「統合の日本」という構図が鮮明になってきたと述べています.この背景には,日米の背負ってきた歴史と組織能力の違いがあることを指摘しています.これは,「分業」,「モジュール化」,「市場重視」という米国の性格と,「統合」,「すり合わせ」,「組織重視」という日本の性格の違いです.

 米国は,流入する移民の知識や技能を即戦力として使うことで世界一の経済力を得た国です.そして事前の構想で仕事をうまく切り分け,事後の面倒な調整を減らす仕組みを200年間考えてきた国です.米国の組織は構想力が強く, 得意な製品は「モジュラ型」(組み合わせ型)アーキテクチャの製品です.その強みがいかんなく発揮されたのが, インターネットやディジタル情報技術によるモジュラ型の製品が幅を利かせた1990年代だったのです.

 一方,日本では,高度成長期を通じて,ヒト・モノ・カネが不足する中でチームワークにより経済成長や輸出拡大に対応してきました.日本では現場の統合力が強く,得意な製品は,自動車や小型家電,精密機械,アニメーションに代表される「インテグラル型」(すり合わせ型)アーキテクチャ製品です.1980年代は,自動車や小型家電などのすり合わせ製品が貿易の花形だったので,日本企業の強さが光りました.しかし1990年代にはディジタル情報革命が進み,モジュラ製品が得意な米国経済が一気に復活したのです.

●日本の半導体メーカ衰退の一因はグローバル戦略の失敗

 2009年末に,台湾ファウンドリ最大手の日本法人社長と,日本の半導体メーカの問題点について議論したことがあります.その一つはグローバル化の問題です.1970年代から1990年ごろまでは,日本の半導体メーカは製品を日本の電機メーカに販売していればよかったのです.日本の電機メーカが小型家電の世界市場をほぼ制覇(せいは)していたわけですから,日本というローカル市場の戦略を立てればグローバルな展開が可能となっていました.日本の電機メーカの要求仕様に合ったすり合わせ型の半導体を作っておけば,日本製の半導体は世界に出回ったのです.

 ところが前述の通り,ディジタル情報技術の進展がモジュラ型の製品の普及を後押ししました.日本の半導体メーカの多くは,国外メーカとの直接取引が少なく,国際標準規格についての戦略が乏しかったため,「標準規格モノ」の製品開発で遅れをとり,一気に劣性に回ってしまいます.つまり,グローバル戦略の欠如が日本の半導体メーカ衰退の原因の一つとなりました.

 台湾のファウンドリの日本における主な顧客は,垂直統合型のデバイス・メーカ(IDM:Integrated Device Manufacturer)です.現在,日本のIDMは自前のファブから外ファブに切り替えつつあるからです.実は,先の日本法人社長は, 日本のファブレス半導体ベンチャとのビジネス機会も期待しています.ただ米国や台湾に比べて,日本のファブレス半導体ベンチャは頻繁には創業されていません.さらに,数少ないファブレス半導体ベンチャの売上は米国のそれに比べてとても小さい規模です.日本でファブレス半導体ベンチャとのビジネスが期待通りにうまくいかない理由の一つは,それらの多くがグローバル戦略に欠けているからだと見ています.

●株式公開を果たした日本のベンチャ3社は国内市場を志向

 日本のファブレス半導体ベンチャが失敗する理由の一つとして,ニーズとシーズが適切に結びつかないことが指摘されてきました.実際,その多くはアイデアやシーズ先行で,顧客のニーズをとらえるマーケティングが伴っていません.そして,自社の技術力を過信して顧客のニーズに合った商品を提供できない,あるいはアイデアや技術は優れているが商品コンセプトが不明確であるため,顧客に商品力を訴求できていません.

 しかし,日本の株式市場で公開を果たしてきたファブレス半導体ベンチャには,固有の強みがあります.それは,日本市場を中心としたローカル志向である点です.ここで,日本のファブレス半導体ベンチャの代表である3社,すなわちメガチップス(画像処理/通信LSI),ザインエレクトロニクス(映像関連LSI),アクセル(グラフィックスLSI)の指標で検証してみます.

 まず,メガチップスの平成21年3月期の総販売実績に対する任天堂への売上の割合は86.9%となっており,特定顧客への依存が極めて高いと言えます.次に,ザインエレクトロニクスの平成19年12月期の連結売上高に占める海外売上高の割合は20.1%でした.すなわち,80%近くは日本市場で販売しています.最後に,アクセルの主要製品はパチンコやパチスロなどの遊技機器市場向けのグラフィックスLSIですが,平成21年3月期の売上の90.1%を商社の緑屋電気を通じて国内で販売しています.これら3社には共通して国内市場を志向した姿勢が見られます.そして,限定された特定の顧客を中心に汎用品を販売するニーズ・ドリブン型のビジネス・モデルをとっています.

 もともと,リスク・マネーは米国ほど日本のベンチャには回ってきませんから,日本の企業は,創業時から特定の顧客の要求仕様をくみ取り,ハイ・リスクを低減するように努める傾向が強いのです.この姿勢は企業にとって強みと言えます.顧客のニーズを定義付けし,自己の汎用品として確立させ,大幅な利益を確保できます.これらニーズ・ドリブン型ベンチャは,シーズ先行型ベンチャと比較して,創業時からニーズとシーズを適切に結びつけることができるのです.これまでのところ,日本市場は米国につぐ大規模な市場ですから,ある一定の売上は確保できます.

●今はグローバル化に対応できる人材の育成が急務

 ただし,ローカル志向は,結果としてマクロで見た国家間の経済競争に負けることにつながります.これは経済学上のスケール(規模)の問題です.具体的には,従業員規模や広範な顧客,売上規模といった規模の格差を生み出してしまいます.つまり,ローカル志向からグローバル志向への戦略の転換が必要になるわけです.

 そのためには,まず, 技術的知識とマーケティング理論を押さえつつ,大きな画用紙に大きな絵を描き出せるグローバル思考ができる人材,次に,国外メーカとの直接取引を増やすことが実際にでき,さらに国際標準の戦略も検討できる人材の創出が求められます.もしそういった人材がいれば,日本の広義の「もの作り」はもっと強化できます.なぜならば,日本には幅広い技能や知識を持った人々がチームワークで問題を解決する,「統合型のもの作り」を強みとする企業と現場があります.この現場とは,決して生産だけでなく,購買,開発,営業も交えた「もの作り」の組織です.これは欧米にはない強みです.

 過去の失敗ばかり語るのではなく,今は,希望のある日本の半導体社会の未来図を描くことが求められていると思います.

 

筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.
 

 

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