デバイス古今東西(60) ―― 「Gゼロ」時代の企業経営戦略
本コラムでは,米国Xilinx社の設立者の一人であり初代の社長であったBernard V. Vonderschmitt氏について回想します.また,エレクトロニクス業界にも生じる可能性がある「Gゼロ」の時代と企業経営戦略について触れます.
●謙虚さや起業に年齢は関係ない
つい先日,仕事を続けながら大学院のMBAコースに通い,なぜ日本発のFPGAが生まれなかったのかを修士論文としてまとめた方の卒業祝いの会食に出席しました.その席には,Xilinx日本法人の初代社長ならびに元マーケティング担当というエグゼクティブのお二人も同席されました.お二人とは長年,定期的にお付き合いさせていただいていますが,昔々は厳しいご指導とご鞭撻を頂戴しました.今でも敬愛する大先輩です.
会食での思い出話の一つは,Xilinx社の設立者の一人であり,初代の本社社長であったBernard V. Vonderschmitt氏(1923 - 2004)のことです.Xilinx社は1984年に設立されたので,Vonderschmitt氏は実に61才で起業したことになります.今のシリコン・バレーでは考えられないことです.
同氏はもともと,米国RCA(Radio Corporation of America)社でカラー・テレビの開発に従事していました.その後,RCA社 Solid State Division(半導体事業部)のジェネラル・マネージャを務めてRCAを退社しました.そしてZ80 CPUで有名な米国Zilog社のジェネラル・マネージャに就きました.
RCA社はカラー・テレビ,液晶,さまざまな最先端技術を開発した企業として有名でしたが,その当時は,売上至上主義を目指し,子会社数百社を抱えてコングロマリット経営を行っていました(第47回のコラムを参照).Zilog社でさえ,その当時の親会社はコングロマリット経営を推進していた石油会社,米国Exxon社でした.事業部制と分限化が敷かれ,事業部長や子会社社長は技術者出身であろうとなかろうと,コングロマリット中枢の経営者に直接,ファイナンス(財務)の知識を用いて経営状況を説明することが求められたのです.これは,コングロマリット本体の経営者との戦いでした.
Vonderschmitt氏はRCA社でもZilog社でも,事業部長としての経営に関する知見が不足していることを痛感したそうです.そしてXilinx社の起業前にMBAコースに通い,経営全般の知識を身につけたとのことです.謙虚さや起業は年齢に関係ないことを,その席であらためて悟らされました.
●Gゼロ:これからの企業経営戦略
G7とは,先進7か国を指します.フランス,米国,イギリス,ドイツ,日本,イタリア,カナダです.今では新興国を含むG20へとシフトしています.Ian Bremmer氏は,G7は重要性を失い,G20は機能していないと述べ,世界からグローバルなリーダシップが失われている現在の不安定な世界秩序を「Gゼロ」と呼んでいます(1).
ここで,エレクトロニクス業界を世界になぞらえ,部品や材料の調達規模や製品・サービスの売上規模から企業を国にあてはめるとするならば,2014年時点においては米国Apple社,韓国Sumsung社などはG7に入ると思われます.しかし,過去を振り返れば分かる通り,諸行無常,栄枯盛衰はまぬがれません.エレクトロニクス業界でもこれから誰か新しい勝者が出現するかもしれませんし,ここでもGゼロが起きるかもしれません.
Ian Bremmer氏の言葉を借りれば,Gゼロ時代に必要とされる企業の能力は,機敏さ,適応能力,そして危機管理(全く予想しない方向からやってくる危機に備える)という三つのスキルとなります.これらは主に,大企業について言えることだと思います.一方,ベンチャ企業では,また異なる能力が求められます.米国のベンチャ企業が投資家に行うプレゼンテーション資料のおよそ9割は,戦略について述べられています.既に市場を確立している先行者,あるいは新市場における競合企業との競争に勝ち抜くことが,ベンチャ企業の収益力を向上させ,売り上げや企業価値に直接関係するからです.
大企業にせよ,ベンチャ企業にせよ,企業経営は簡単なことではありません.ですから,多くの人は経営戦略論といった理論やテキストに頼ろうとします.しかし,多くの経営戦略論は「結果」に基づいて論じる議論,つまり結果論です.そもそも経営者は経営学のテキストにあるような戦略を常に考えて,経営行動をとっているわけではありません.その都度その場でもっとも適切な意思決定を行い,経営行動をとっています.また,そうせざるを得ないのです.そうした一連の行動を後で振り返ってみたとき,その行動は「何とか戦略」であった,と言っているにすぎません.従って,「何とか戦略」をそのまままねても,それが通用するとは限らないのです.当の「何とか戦略」を創り出した優良企業でさえ,時代の変革の中で「何とか戦略」を変えているのです.
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本連載は今回を持ちまして終了となります.2009年3月からほぼ毎月1回連載し,今回で60回目となりました.編集者から,過去の経験を通じて得られた物語やノウハウ,ハウツー要素を盛り込んだエッセーを,との依頼を受けて,5年間執筆してきました.
既にご存じの方もおられると思いますが,2009年3月~2013年3月までの執筆分を電子書籍『デバイス古今東西』としてまとめています.エレクトロニクスの実際の現場で起きている,たゆまぬ多発的イノベーション,新ビジネス・モデルの駆け引きと起業,常に生み出されているユニークな技術経営,これからの商売流通の新展開,という観点から4編に整理し,再構成しています.これまでの業界関係者向けのエレクトロニクス書にはなかった物語を,あらためて共有できればと思っています.
最後に,本コラムの執筆にご協力いただいた友人,大学院時代のゼミ仲間,仕事仲間,一期一会の出会いを通じてお付き合いさせていただいているお客さま方と,お骨折りいただいた編集者の方々にお礼を申し上げます.
参考・引用*文献
(1)Ian Bremmer(著),北沢格(訳);「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者は誰か,日本経済新聞出版社,2012年6月.
やまもと・やすし
◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任している.専門は,経営管理,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理,ビジネス上の意思決定や交渉,企業倫理などをテーマに研究・執筆活動を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.