オープン・ソース・ハードウェアをいかに活用するか ―― 情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 小林 茂氏に聞く
●オープン・ソース・ハードウェアに集まる二つの流れ
―― オープン・ソース・ハードウェアのワークショップには,どのような方が参加されていますか?
小林氏:私が「Gainer」を開発した当初,ワークショップなどを受講するのは,デザインやアートを専攻している方でした.しかし最近では変化が出てきて,メーカなどのデザインを担当している方が「エレクトロニクスを理解して,メーカのエンジニアと少しでも対等に話ができるようになりたい」という動機で受講することが増えています.
また,工学系の学生で「ソフトウェアは得意なのだが,電気やハードウェアの知識がない」という方も受講するようになってきました.マイコンなどを理解するのは難しいので,まずArduinoやGainerなどでハードウェアを理解しようとする方が増えています.このことからも,アプリケーション・ソフトウェアやWeb系開発とハードウェア系開発との間に大きなギャップがあることが分かります.
また,既にエレクトロニクスに詳しい組み込みエンジニアの方が,Maker Faireなどを見て自分で機器全体を作ることの楽しさを再認識し,参加するという流れもあると思います.
●面白いアイディアを外に出していくためのツールとして
小林氏:また注目している動きとしては,2~3年前だと,世界と比較して「日本から面白い機器は出てこない」,「だから日本はダメなんだ」というような,わざわざ高い受講料を払って自己否定されに行くような経営者向けのセミナがブームのようにありました.そこでは「だからうちの会社はダメなんだ」と言う会話がなされていました.しかし,最近は少し変わってきたような気がします.メーカに勤務する30歳代くらいの人を中心として,「このままだと,うちの会社は先がないだろう.でも社内には面白いことを考えていている人が多くいる.それをうまく外に出せていないのではないか?」と考え,会社に対してリソースや期間を交渉して新しいプロジェクトを立ち上げるような活動が始まっています.このような動きが,同時に複数の企業で起きているように感じます.
2013年に活動が始まった,品川の企業を中心に開催されている「品モノラボ」などを見ていると,技術者が,企業の枠を超え,新しい製品開発の手法が必要だと感じ出しているように思います(図3).このように,新たなアプリケーションを低コスト,短時間で具現化する際に,オープン・ソース・ハードウェアが活用されているのだと思います.これは,すでにソフトウェア開発やWebの世界では,普通に行われていることが,ハードウェアの世界でも起こり始めているのだと思っています.
図3 品モノラボのFaceboookページ(https://www.facebook.com/shinamonolab)

●「安さ」だけではない,教材としての魅力
―― 工学部系でも,教材としてArduinoが採用されることが増えています.
小林氏:一番大きな理由としては,安価であることが考えられます.安価であれば,わざと部品を壊すような実験もできます.例えば,電源の抵抗を外してLEDに通電したらLEDがどのように振る舞い,壊れるのかを実験できます.理論的に「壊れる」ことを学ぶよりも実体験で学んだ方が,理解は深まると思います.また,高価なマイコン・ボードでは,学部に数枚だけあるという状況で,ボードを触る時間や人数が限られてしまいますが,安価なボードであれば生徒全員に配布でき,一人ひとりが基板に触れることができます.
次の理由としては,高度な技術に近い機能をかんたんに実現できることが考えられます.現在,スマートフォンや家庭用ゲーム機などといった身の回りにある民生機器には高度な技術が搭載され,個人で作れる電子機器とのギャップが大きくなってしまいました.しかし,Arduinoなどで,それらに近い機能を実現することにより,高度になった機能や仕組みに関して想像力が働くようになると思います.
さらに,教える側の知識や能力に限定されずに学べるのも大きな利点です.Arduinoのユーザは世界中に100万人おり,しかもそのユーザは,プロのエンジニアからアマチュアまで幅広く,自然発生的にコミュニティが生まれています.そのコミュニティの中で,それぞれの生徒のレベルに合った解説があり,Web上で紹介されています.Webを検索することにより,世界中のコミュニティからArduinoを学べること,自分で学習を進めていけることが大きなメリットであると思います.