フィジカル・コンピューティングと「プロの世界」がつながっていく ―― Tech Village新春インタビュー(6)

Tech Village編集部

Tech Village「組み込みネット」では,新春特別企画として「2014年,組み込み技術の展望」をお届けします.第6回は,情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の小林 茂氏(写真1)に,フィジカル・コンピューティングから見た2014年の組み込み市場の動向についてお話を伺いました.

写真1 情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 産業文化研究センター 准教授の小林 茂氏

 


―― 組み込み技術とフィジカル・コンピューティングの違いは何でしょうか.

小林氏:組み込み技術とフィジカル・コンピューティングの違いは,「プロの世界」と「趣味の世界」というように見られていると思いますし,実際そうだと思います.組み込み技術は,製品やシステムなどの決められた制約の中で,エンジニアが最適の解を導き出す仕事だと思います.特に自動車や医療機器など人命にかかわる製品は責任も重く,「動けばいいよね」では許されません.安全性を高め,正確に動くことを求められる,非常に専門性の高いプロフェッショナルの世界だといえます.

 しかし,この2~3年で,「意外と,すべてがそうではないかも?」という動きも出てきました.米国Texas Instruments社の「BeagleBone Black」(写真2)やルネサス エレクトロニクスの「SAKURAボード」,英国ARM社の「mbed」,最近では米国Intel社の「Galileo」(写真3)などの動きについてです.

 

写真2 BeagleBone Blackの外観

 

写真3 Galileoの外観

 


 BeagleBone Blackの開発に携わるエンジニアが言っていたのですが,主要な機能やI/Oを用意して,社内だけでアプリケーションを考えると,既存のアプリケーション以外の発想が出て来ないのだそうです.そこで,オープン・ソースのハードウェアという形で,多くの方にボードを触って開発してもらえば,さまざまなアプリケーションの可能性が読み取れる,と言っていました.これは,半導体企業が,既存のアプリケーション以外にも目を向けてきた動きだといえます.

 さらに,このボードでプロトタイプを製作した人は,製品化する際にもボード上の電子部品を使用する可能性が高くなります.このようなビジネス・モデルは,半導体企業にとってリスクが少ないといえます. また,ARMコアのマイコンはいくつもの半導体企業から出てきているので,このようなボードを使用してもらうことで,マイコンのアプリケーション・ノートや開発環境を積極的にユーザに利用してもらい,性能以外の差別化を図れると思います.

 Intel社は,米国のMaker Faireに以前からスポンサーとして協力しています.これは,社会貢献としての意味合いだけではなく,Makerムーブメントにより,パソコンの市場が今後どのように変化するのかという,新たな可能性についての調査を兼ねていると思います.その結果,2013年にGalileoを発表したのでしょう.

 また,2013年のMaker Faireの印象深い動きは,ヤマハがeVocaloid対応の組み込み機器向け音源LSI「NSX-1」を発表したのと同時に,一般の方が購入できるように,Arduinoに対応したNSX-1搭載モジュール「eVY1シールド」がスイッチサイエンスより発売されたことです.今までは,特定顧客向けにサンプル・チップを提供していたものを,「eVY1シールド」として出すことにより,企業が評価ボードとして使用することもでき,一般の方もソフトウェアをチューニングするなどしてさまざまなアプリケーションに使用していけるという,オープン・イノベーション的な考えになってきています.


―― これからは,ものを"一から開発する"必要はないのでしょうか?

小林氏:そうではなく,二つの考え方があるのだと思います.一つは,電子工学科のように,エレクトロニクスを基礎から積み上げて,やりたいことを実現するという考え方です.もう一つは,我々の大学のようにデザインやアートを専門とする場合,やりたい動機が先にあって,その実現のためにエレクトロニクスを活用する場合です.

 我々の場合,基礎からエレクトロニクスを学習していくと,卒業までの時間が足りません.そこで,やりたいことを実現するための手段として,今であれば,ArduinoやKinect,リップ・モーションなどさまざまな技術を組み合わせて,まず「もの」を作成します.例えば,Arduinoと別の部品を組み合わせるには,組み合わせるための「のり」~誰かが制作したライブラリやフレーム・ワークなど~ のようなものが必要となりますが,Googleで検索すれば,世界的な規模でノウハウが蓄積されているのです.Arduinoを単なるマイコンの評価ボードと見る方には,想像もつかない世界になっています.


――フィジカル・コンピューティングの成功例を聞かせてください.

小林氏:2013年に発売されたスマート・ウォッチ「Pebble」でしょう(写真4).Pebbleは,クラウド・ファンディング・サイト「Kickstarter」で,目標金額の10万ドルを開始わずか2時間で獲得し,きちんと製品化までされたクラウド・ファンディングの成功事例としても話題となりました.Pebbleがクラウド・ファンディングに出品したときは,プロトタイプがArduinoで作られていました.試作機は,かなり低予算で開発されていたと思います.

 

写真4 Kickstarterに出品されているPebble

 

 一方,対照的だったのが,次の日に発売された日本の大手企業のスマート・ウォッチです.このスマート・ウォッチはあまり話題になりませんでした.数千円の部品で製作したものが,大企業が開発したものを上回ったのです.この事実を,組み込みエンジニアの方にどう感じてほしいかというと,数千円の部品で製作したものを見て「これじゃ製品にはならない,電子工作の世界だ」と思うのではなく,「なるほど,皆こんなものが欲しいのか」と思ってほしいです.

 さらに,「試作機はこのサイズだけれど,ダウンサイジングや部品の入れ替えでここまで小さくできる.コストもこのくらいまで下げられるのではないか」と直感的に想像してほしいと思います.このような想像は一般の方には難しいですが,組み込みエンジニアの方は想像できると思います.


―― 組み込みエンジニアに期待することは何でしょう.

小林氏:クラウド・ファンディングでは,ハードウェア設計の経験がないソフトウェアのエンジニアやWeb開発者が,アイディアをプロトタイプだけで実現し,お金を集め,いざ,製品化する場合に,製造できないというような事例も出てきて問題となっています.

 そこで,組み込みエンジニアに期待されるところは,アイディア以降の製品化をすべて引き受けることではないでしょうか.日本には,優秀な組み込みエンジニアの方々がいるので,このような新しいビシネス・モデルを考えていくのも2014年だと思います.

 今,携帯電話で世界最先端を走ってきた組み込み業界の方々は,スマートフォンの普及で急激な落ち込みを経験しています.そこで,現在フィジカル・コンピューティングの世界で流行し始めたArduinoやRaspberry Piなどをぜひ触ってもらって,今までの経験を生かし,もっとユニークなプラットフォームやハードウェアを提案してほしいと思います.

 アプリケーションのソフトウェア・エンジニアやWeb開発者は,どうしてもAPI(Application Programming Interface)の範囲でしか開発できません.プラットフォームの枠を超えることは難しいので,プラットフォームを一から開発できる組み込みエンジニアの方に期待しています.

 

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