デバイス古今東西(58) ―― 技術者に対する成果配分と「もう一人の立役者」

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2014年2月20日

 光の三原色(赤・緑・青)の一つである発光ダイオード(LED;Light Emitted Diode)の青色がそろわなかったために,青色発光ダイオードは長らく実現困難な「夢の技術」と言われていました.元勤務先の日亜化学工業を相手に,職務発明に対する相当の対価を求めた中村 修二氏は,その開発に貢献した発明者の一人として有名になりました.しかし,赤崎 勇氏が青色発光ダイオードの基礎技術を確立したことによって「夢の技術」を「現実」に変えたことは,一般の人には知られていません.本コラムでは,青色発光ダイオードの発明報酬の裁判をあらためて概観し,赤崎氏の基礎技術の研究成果について簡単にふれます.

 

●ライセンス・ビジネスの視点から合理的と考えられる発明対価

 青色発光ダイオードを巡る発明報酬の裁判は,2004年から2005年にかけて大きな関心を集めました.2004年1月30日の一審の東京地方裁判所の判決は,青色LEDの発明による日亜化学の独占利益を1,208億円,中村氏の貢献度を50%として,発明対価を604億円と算定しました.

 多くの人が,その途方もない金額の大きさに驚きました.多くの業界・学会関係者が「あり得ない」金額だと感じたのです.なぜ「あり得ない」と考えたのでしょうか.それは決して中村氏の科学的貢献に対して疑問を感じていたわけではなく,知的財産権の評価に関してはライセンス・ビジネスの世界で相場観が既に存在していたからです.実際,2005年1月11日に東京高等裁判所で成立した和解の内容は,日亜化学側が中村氏に対し,発明対価約6億円を含む計約8億4千万円を支払うという内容でした.経営学者の高橋 信夫氏は,「この和解は実にライセンス・ビジネス的なセンスにあふれた和解であったといえるのである」(1*)と述べています.

 

●技術者に対する成果配分とは

 上記で述べた裁判の過程において,技術者も問題意識を突き付けられました.それは,裁判で争われる相当対価の金額に目を奪われることなく,もっと大局的に,技術者にとって望ましい成果配分とは何かを,技術者の立場で考えることを強いられたことでした.

 日本型の成果配分とは,賃金だけではなく,仕事の形での成果配分も含まれていたのです.例えば,次々と研究成果を積み重ねていった結果,増額されていった研究開発投資は,技術者にとっての成果配分であり,報酬の一つだったということです.そして,誰一人欠けても成功のおぼつかないような研究開発チームにおいて,たった一人の従業員が,同僚であるチーム・メートの年収の数百倍もの金額の相当対価を独り占めした場合,研究開発チームのチームワークは崩壊してしまうこともあらためて認識したのでした.大企業で働く技術者にとって,ロー・リスク(個人のお金ではなく会社のお金を使って)で,ハイ・リターン(個人の賃金配分)は認められません.

 

●事業はチームワークがなければ成立しない

 「青色発光ダイオード:日亜化学と若い技術者たちが創った」(2*)は,発明対価を604億円と算定した一審の東京地方裁判所の判決から,東京高等裁判所で成立した和解の前に出版された,テーミス編集部による書籍です.経営者のリスク・テイクならびに従業員全員の努力を無視し,ノー・リスクの発明者のみを擁護することは,現実の世界を認識できていない,と一審の東京地方裁判所の判決を批判しています.

 当時のマスコミの多くは中村氏の言い分ばかり報道して日亜化学側の発言は取り上げようとしていなかったので,本書は,公平で正しい報道をねらいとして,日亜化学側の主張を中心に取り上げています(日亜化学が「真実は裁判を通して明らかにする」という姿勢でマスコミの取材に応じていなかったのも一因ではある).

 本書は日亜化学の経営者を称賛しています.「日亜化学でも,青色発光ダイオードの研究・開発の陰には,小川 英治社長の大英断があった.周囲の反対を押し切り,自宅まで担保に入れて資金を用意し,全面的なバックアップ体制をとっていたのだ」.かつてセレン化亜鉛を用いた開発が主流で20世紀中に青色LEDの実用化が難しいと言われていた段階で,窒化ガリウムに的を絞って集中的に研究開発投資を行った日亜化学の経営者は,リスクをとったという意味で,立派な経営者であったといえます.

 「日亜化学では,LED事業のスタート以来,技術者たちは寝食を忘れて製品の改良努力を続け,また,営業担当者は世界の顧客間を駆けめぐり,製造,営業担当者をはじめとした従業員全体の汗の結晶が結実し,地域社会に貢献しているのである.これはすべての企業についていえることである」と,事業は会社のチームワークがなければ成立しないことも主張しています.

 

●青色発光ダイオードのもう一人の立役者

 青色発光ダイオードは,日亜化学,豊田合成,米国Cree社が主たる製造メーカです.裁判中に,筆者は,自動車用のゴムや合成樹脂を主たる製品とし,半導体を開発しているとも思えない豊田合成が,なぜ青色ダイオードを出荷していたのかが分かりませんでした.豊田合成の青色ダイオードは,その基礎技術を発明した当時,名古屋大学教授の職にあった赤崎氏の研究成果が出発点であることを「青い光に魅せられて:青色LED開発物語」(3)で知りました.本書には,どのようにしてこの難題に取り組み,「夢」を「現実」に変えていったのかがつづられています.

 赤崎氏は名古屋大学での研究の後,1964年に松下電器東京研究所に移籍し,松下幸之助氏の「ほな,やってみなはれ」の一言のもとに,青色LEDの研究を本格的に始めました.当時は化合物半導体の研究自体が黎明期であり,さまざまな材料・手法での研究を手がけたことで,同氏は「窒化ガリウム(GaN)」が青色LEDの材料として最適であると確信しました.そして,青色LEDの実現のカギは結晶成長にあると考え,MOVPE法(有機金属化合物気相成長法)という手法の採択を決めました.

 その後,名古屋大学の教授として戻った後,試行錯誤を重ねながら,サファイア基板の利用,窒化アルミニウムを用いた低温バッファ層技術を用いて,窒化ガリウムを初めて半導体の機能として発現できるようにしました(ちなみに中村氏は,バッファ層として窒化ガリウムを使い,高品質窒化ガリウムの作成に成功している).そして1989年,赤崎氏は世界で初めて,窒化ガリウムのpn接合による青色LEDを作り出しました.

 赤崎氏の研究成果は,現・科学技術振興機構(JST)の枠組みを用いた産学官連携により,豊田合成によって製品化されました.豊田合成は,当時は半導体技術や結晶技術などは持っていませんでした.

 

●科学技術振興機構が推計した経済波及効果とは

 科学技術振興機構は,青色発光ダイオードの経済波及効果を以下のように推計しています(4*).「JSTは委託開発として,1987年から1990年の間,豊田合成の「青色発光ダイオード」の開発に5.5億円を支出(返還済)した.開発は成功し,1995年から事業化された.1997年から2005年末まで9年間における,携帯電話や大型フルカラー・ディスプレイなど豊田合成のLEDを利用した応用製品の総売上は約3兆6000億円に達している.経済波及効果を見た場合,直接的には,我が国の産業界において3500億円弱の付加価値が新たに生み出され,約3.2万人程度の雇用が新規に創出された.また,国家に約46億円の実施料収入ももたらした」.豊田合成は今では日亜化学と並ぶ,もう一つの青色LEDの主力メーカです.

 

参考・引用*文献
(1*)高橋 伸夫;「ライセンス・ビジネスと技術者の報酬」,pp.487-492,オペレーションズ・リサーチ 第51巻 第8号,2006年.
(2*)テーミス編集部;「青色発光ダイオード:日亜化学と若い技術者たちが創った」,テーミス,2004年3月.
(3)赤崎 勇;「青い光に魅せられて:青色LED開発物語」,日本経済新聞社,2013年3月.
(4*)科学技術振興機構のWebページ,委託開発の成果「青色発光ダイオード」の経済波及効果,2007年3月.http://www.jst.go.jp/itaku/result/effect.html

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任している.専門は,経営管理,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理,ビジネス上の意思決定や交渉,企業倫理などをテーマに研究・執筆活動を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日