拝啓 半導体エンジニアさま(57) ―― ディジタル機器株式会社の話

ジョセフ半月

tag: 半導体

コラム 2014年1月31日

 昔話になりますが,日本で行われたとあるカンファレンスでの,ある外国人の講演のときの話です.コンピュータや半導体業界向けの会合だったので,英語ができる業界人が多数だったのですが,一部そうでない方もいて,主催者が気を利かせて通訳の方をつけたのです.今では通訳の人を雇うお金もないような業界ですが,たまたまその会合の主催者がお金があったのか,当時は業界ももうかっていたということで,政治経済多方面に手慣れた,ベテランの通訳の方に頼んだようでした.

 ところが,通訳された日本語を聞いていると,さっぱり要領を得ないのです.元の英語の話を聞いていた人々にはすぐにその理由が分かりました.通訳の方は「ディジタル機器株式会社は...」などと翻訳しているのです.「なんだ? そのディジタル機器株式会社っていうのは?」と,主語がイメージできないので,変な感じになっていたのです.年寄りの方はお分かりでしょう.Digital Equipment Corporation(DEC)を,ディジタル機器株式会社と訳してしまっていたのです.

 DEC(デック)と縮めて呼ぶことが多かったですが,そのころ業界では,アナログに対するディジタルという文脈でなく単にDigitalと言えば,Digital Equipment Corporationのことでした.通訳の方は,業界の独特の風習に不慣れだったのでしょう,普通名詞的な日本語に訳してしまって,わけが分からなくなっていたのでした.まあIBMを国際ビジネス機械と訳したら誰も分からないようなものです.


●「偉大な会社」の隆盛とその後

 最近の若手業界人に「Digital」と言ってDECを想像する人はおりますまい.あの通訳の人と同様に,アナログに対するディジタルという普通名詞としてしか理解しないでしょう.かっては「Digital」という普通名詞がある特定のコンピュータ・メーカを指す言葉でもあったなどということは,想像の外に違いありません.そのくらい,DECは「偉大な会社」だったのです.半導体業界でも筆者くらいから上は,VAXとかPDPとかのDECのミニコンで設計していた人がほとんどではないでしょうか.実際,DECは最盛期には10万人を軽く超える世界的大企業だったはずです.今ではミニコン自体がほとんど死語ですが,当時は「大型機を食って成長する」ミニコン業界の雄で,全世界に顧客を持ち,設計,製造,エンジニアリングなどの分野を制していたというわけです.

 そして,レイオフなど無縁だった優良企業が,一たび傾いてレイオフを始めるやいなや,毎年毎年,年中行事のようにレイオフを重ね,人を切ったのでした.しかし,切っても切ってもバランス・シートは黒くなってこない.そのうえ,いろいろ路線対立などもあったように聞きます.そんな中で潰されてしまったプロジェクトもたくさんあったようです.当然,事業や拠点なども切り売りされ,そして結局,本体も他社に買収され,その買収した会社がまたさらに買収されと,今やほとんど跡形もありません.

 毎年毎年のレイオフで,社内は急速に荒んでしまったのではないのでしょうか.止めどもない感じで歯止めが効かなくなってしまったのでしょう.ここまで書いてくると,どことは書きませんけれども今や日本を代表する半導体企業が,かってのDECに瓜二つのような年中行事を繰り返していることに気付かれると思います.このままDECのように一時は業界に鳴り響いたその名は消え,その技術も消滅してしまうのでしょうか....


●切り捨てられたプロジェクトが別のところで花開く

 温故知新というわけで,DECを振り返れば,DECが源流といってもよい技術が非常に大きな地位を占めていることに気づきます.それはOSとしてのWindowsです.現在のWindows OSの元はMS-DOS系統ではなくWindows NTですが,そのWindows NTは,DECの一つのOS部隊がMicrosoftに移籍して作り上げたOSです.DECでは居場所がなくなってしまって「おん出た」人らが,今に続く主流製品を作り上げたと言ってよいのでしょう.元のプロジェクトを不要として切り捨てようとしたDECは,すでに忘却の彼方に消え去ろうとしているにもかかわらずです.

 そんなことを考えていたときに,日本の半導体会社の方にも動きが出てきました.山形の鶴岡工場をソニーに売却,ソニーはそこでイメージ・センサを作るというニュースです.一時,鶴岡工場を閉じるという話が出た時,皆が驚きました.元NECエレの主力かつ先端の工場だったからです.閉じるという発表に地元山形の方々は愕然(がくぜん)としたであろうに違いありません.そこからいろいろ水面下で動きがあったのだと思います.誰が仕掛けたのかわかりませんが,結局,ソニーのイメージ・センサ工場となるようです.まずは良かった.

 それにイメージ・センサは半導体製品としては傍流のように思われるかもしれませんが,いまだ日本が世界的な競争力を保てている数少ない半導体製品の代表です.そしてソニーはその技術をリードしているし,市場も持っています.はっきり言って,年中行事の人員削減をやっているところにとどまるよりは,よっぽど見込みがありそうにも思われます.

 DECが死んでも,Windowsが成功し続いたように,鶴岡工場とそこにおられる人々にもしっかり生き残っていただきたいものです.成功を祈ります.


じょせふ・はんげつ


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