デバイス古今東西(54) ―― ローテクのハイテク:製品開発におけるビジネス・モデルの転換

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2013年10月24日

 1990年代以降,大企業を中心としたボリューム・ビジネスに代表される効率追求型の社会・経済構造は大きな転換期に入りました(1).このような中で独創的な技術やノウハウを開発し,新しく市場や雇用を創出するベンチャ・ビジネスを起こしていくことは重要課題となっています(2).その議論の一つが「ローテクのハイテク」です.ハイテクのハイテク,すなわちハイテクの先端・超先端ではありません.


●ローテクのハイテクはもうかる?

 その意見を補強するように,「ローテクのハイテクはもうかる」と主張するベンチャ・キャピタルのアナリストも存在します(3).投資側の視点から見ると,ローテクのハイテクをキーワードとしたベンチャ企業の株式投融資は積極的に行った方がよいとの論調となっています.

 赤池は,日本のモノづくりに携わる精密加工の匠たちや基幹産業で神業を持つ職人との取材を通じて,ローテクのハイテクを伝えてきました(4).この匠と職人は時代の中でどのような課題と対峙し,今まで磨いてきた知恵と技でどのように克服したのか,そして作業を通じてどのように経済的・精神的・社会的メリットを形としてきたのかを,先ほどの資本市場の立場とは違った視点で観察したものです.匠や職人も社会へのコントリビューション(寄与)という点でローテクのハイテクとしての成功者と呼べる,というのが赤池の主張です.

 一方,大企業の視点でも,ローテク産業からの技術論が展開されています.ハイテク製品を「知識を競争の源泉とする製品」と定義するなら,重厚長大である製鉄産業もハイテクと相容れないことはない(5),というものです.実際,日本の鉄鋼メーカは国際的な競争力にさらされてきたので,知識が具現化されたハイテク製鉄という付加価値製品が創造されてきました.つまり,大企業であっても多様な企業と業種が努力し知恵を出し合うことで,多様な技術要素の融合(6)によるローテクのハイテクが成立しうると言うのです.

 日本の製造業の強さは,成熟産業といえどもエレクトロニクス,新素材,バイオなどのハイテクを積極的に取り込み,それをリストラクチャリングの原動力としてきたところにあります.中でもローテクと見られがちな成熟産業のハイテク化は,過去の産業基盤を継承しながら,それをさらに発展させる意味で重要となっています(7)

 このように,ローテクのハイテクについての議論がいくつか展開されるものの,その概念は漠然としています.そこで次節では,ローテクのハイテクと呼ばれている製品事例を抽出し,ローテクのハイテクについての概念を明らかにしてみます.


●「ローテクのハイテク」と呼ばれる製品事例

 「ローテクのハイテク」と呼ばれている製品は,具体的にはどういった製品があるのでしょうか.

 赤池の事例はすべて,最先端のハイテク製品を匠と職人の技術を使って融合実現させたものです.例えばスマホや燃料電池といった最先端のハイテクを支えているのは,昔からある金型プレス加工というローテクの技術であったりします(8)

 また新潟県燕市の金属研磨のスペシャリストの集団である「磨き屋シンジケート」では,粉塵爆発の危険性が高く,難しいとされてきたマグネシウムのヘアライン仕上げの量産技術の開発に成功しており,この技術を利用した最先端のディジタル民生機器が登場しています(例えば,米国Apple社やソニーなどのメーカのディジタル・コンスーマ商品の筺体に使われている).

 それだけではありません.伝統的な匠や職人の技術を利用していない,ローテクのハイテク事例もあります.それらを以下の通り列挙してみます.なお,各事例は事業として成功しているか否かは問わず,また筆者が主観的に判断した概念も含んでいることをご了承ください.

(1)パワー・マネージメントIC
パワー・マネージメントIC(関連記事はこちら)は,単純な機能素子として知られているレギュレータやDC-DCコンバータ,チャージ・ポンプ回路,それ以外に,電源インターフェース,ドライバ,温度管理,そして車載機器や産業機器向けの電源管理回路ICなどがあります.機能は単純ですが,最先端プロセス技術を利用したり,アナログ-ディジタル混在のシステムとすることで高付加価値を実現しています.

(2)風力発電
機能的には伝統的な風車と同じです.近年は東京湾でも積極的に導入が図られているハイテク・エコロジー(9)です.

(3)パチンコやスロット・マシン
伝統的なレクリエーションを兼ね備えた賭博ツールですが,中身はハイテク部品とアルゴリズムの固まりとなっています.

(4)ファジー制御を使った汚泥処理設備
燃焼効率などがうまく考えられています.クリーン・バーンという2次燃焼のしくみによってできる限り燃焼効率を高め,有毒ガスの発生を抑制できるようになっています.現代の主流となっているPID(Proportional, Integral, Differential)制御ではなく,ファジー制御理論による複数の制御因子から総合的な推論判断ができます(10)

(5)工業用ミシン
コンピュータで縫い模様や刺繍,糸通しもでき,洋服・ズボンといったトポロジ(構造)にも対応できます.ハイテク部品とソフトウェアを駆使して,高速,緻密,自動化に対応したハイテク機械です.

(6)人工衛星
人工衛星の歴史は近代から始まっており,多くの人は概念的にハイテク製品と見ます.事実,構造としては,宇宙線に耐えられるきわめて信頼性の高い部品が使われたコンピュータとデータ通信機器そのものです.しかし人工衛星の提供する機能自体は,リレーやリピータなどによるデータ送受信といった伝統的なものです.

(7)樹脂接着剤
アイカ工業は,メラミン樹脂を使った家具や建材の化粧版メーカの最大手です.同社は,このローテクともいえる接着材を応用して,超高速メモリ半導体素子を組み込んだ多層プリント基板を生産しています.世界に3社しか生産できないと言われています.ローテクとハイテクの核となる技術が樹脂の接着技術です(11)

(8)成層圏飛行船
米国Sanswire Networks社などが成層圏に飛行船を飛ばし,無線通信機能の試験を成功させています.地上から約20kmの高度に静止させ,その無線局から主要な都市部へ通信や放送を実現する方法です.低コストの通信が提供可能になると期待されており,日本では官庁を中心に研究が行われています.

(9)ハイテク製鉄
長大橋や自動車向け鉄製品は,強度や重さ,材質の面で高性能となっています.正確な寸法や形状として作り込む技術とレーザによる接合技術も確立しています.他に製鉄製造の革新的生産工程も実現しています.例えば職人の知識と判断の思考過程を人工知能としてソフト化し,環境問題の負荷軽減を進める生産工程です(5)

(10)超極細繊維
超極細繊維は,眼鏡拭きの「トレーシ」や人工血管への商品に展開されました(7)
これらの事例を見る限り,ローテク/ハイテクとは,技術(テクノロジ)の度合いが低い(ロー),あるいは高い(ハイ)という人間の概念的な分類を,製品に関連づけたものであると言えそうです.


●「ローテクのハイテク」はビジネス・モデルの転換である

 上述した「ローテクのハイテク」の事例を技術革新の進捗過程に照らし合わせると,それらはイノベーションの進捗過程(12)の「流動期」-「移行期」-「固定期」のうちの「固定期」で起きたものです(関連記事はこちら).この「固定期」という段階で,もはや伝統的となっているローテクな製品概念を,プロダクト・イノベーションによって生まれ変わらせる(最先端の製品機能または製品構造で転換を行う),またはプロセス・イノベーションによって経済的な製品概念へと変革させています(生産技術の手段として最先端技術を駆使して転換を行う).このように,ローテクのハイテクとはビジネス・モデルの一転換といえます.

 ローテクのハイテクの事例の多くは,その転換まで時間を要しています.すなわち産みの苦しみを経ています.この産みの苦しさは,固定観念,常識,思い込み,先入観,過去の取り引きから引きずっているしがらみや成功体験が影響しています.これはChristensen(13)の破壊的技術の特徴と類似するものです.

 一方,相違点も存在します.Christensenの破壊的技術においてはかつて産業のリーダが地位を失う事例が列挙されていますが,ローテクのハイテクでは必ずしもそうではありません.むしろ小さい市場規模の中でこぢんまりとニッチな分野で稼いでいる企業が多く見られます.ローテクのハイテクのいくつかの事例企業は,技術の隙間で唯一または世界一を誇る中小企業の事例が多いともいえます.

 それではローテクのハイテクにおいて,製品対象が最先端である前述の匠と職人の事例ではどうでしょうか.職人技・直感・経験・ノウハウを持ち合わせている多くの匠と職人は確かに最先端のハイテクを支えており,社会的コントリビューションも大きいといえます.しかし赤池(4)や岡野(8),そして「磨き屋シンジケート」の事例は,旧来の匠と職人に比べて,「下請け」であるかないかという相違点があります.つまり,従来は下請けであった中小企業のビジネス・モデルの構成要素を,新製品開発における匠と職人は,完全に大転換させています.つまり,大企業とコラボレーションする(8)という新しい世界を切り開いたのです.

 このようにローテクのハイテクは,Christensen(13)の破壊的技術と完全に同意とは言えません.しかし,どちらもビジネス・モデルを転換するアプローチという点では共通です.


●しがらみや固定観念を逆手に取る

 本稿で議論してきた「ローテクのハイテク」の概念をまとめると,製品としての「最先端」と「伝統的」という概念を切り口として検討できます.製品概念が最先端の場合には,生産技術の手段として匠や職人が介在し,コラボレーションという顧客関係を構築することでローテクのハイテクというビジネス・モデルが成立します.製品概念が伝統的である場合には,プロダクト・イノベーションによって製品を変革すること,またはプロセス・イノベーションによって製品を変革させることでもう一つの「ローテクのハイテク」というビジネス・モデルの転換が可能です.

 つまりローテクのハイテクとは,ローテク型とハイテク型を売り物として見せるビジネス・モデルです.このビジネス・モデルの転換を困難にさせてきたのは,しがらみや固定観念,常識,思い込み,先入観,成功体験などでした.これが製品開発において最初に越えなければならないハードルであり,逆手に取るべき障害なのです.


参考・引用文献

(1)ポーター M.E.,竹内 弘高;「日本の戦略論」,pp.117-125,ダイヤモンド,2000年.
(2)亀岡 秋男,古川 公成;「イノベーション経営」,pp.57-77,日本放送出版協会,2002年.
(3)西尾 功;「半導体ベンチャー最前線2002」,pp.42-43,産業タイムズ,2002年.
(4)赤池 学;「ローテクの最先端は実はハイテクよりずっとスゴイんです」,ウエッジ,2000年.
(5)宮西 正宜(編),畑田 耕一(編):「科学技術と人間のかかわり:ローテクからの技術論(淺村峻)」pp.17-36,大阪大学出版会,2001年.
(6)児玉 文雄;「ハイテク技術のパラダイム-マクロ技術学の体系」,中央公論社,1991年.
(7)志村 幸雄;「日本の技術が世界を制覇する理由:日本型技術の系譜とこれからの可能性を探る」,pp.178-190,PHP研究所,1993年.
(8)岡野 雅行;「世界一の職人 俺がつくる!」,中経出版,2003年.
(9)西岡 秀三;「あたらしいエネルギーを生みだせ『いい環境』をハイテクでつくる」,PHP研究所,2002年.
(10)ファジィ燃焼制御ソフト(一般社団法人 日本下水道施設業協会のWebサイトより),
http://www.siset.or.jp/contents/?CN=200&RF=K&RFID=9&ID=69
(11)「経営戦略-コストより革新」,日経ビジネス 2000年7月10日号,pp.69-71,日経BP社.
(12)Utterback,J.M., Mastering The Dynamics of Innovation, Boston, Massachusetts: Harvard University Business School Press, 1994.(J.M.アッターバック(著),大津 正和(訳),小川 進(訳);「イノベーション・ダイナミクス-事例から学ぶ技術戦略-」,有斐閣,1998年.)
(13)Christensen C.M., "The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail (Management of Innovation and Change Series)", Harvard Business School Press, June 1, 1997.(クレイトン・クリステンセン(著),玉田 俊平太(訳),伊豆原 弓(訳);「イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき-」,翔泳社,2001年.)
(14)独立行政法人宇宙航空研究開発機構;「宇宙航空研究開発機構の平成16年度の業務運営に関する計画」(年度計画),平成16年3月31日制定.
(15)内閣府総合科学技術会議科学技術システム改革専門調査会(松田修一座長),研究開発型ベンチャープロジェクト第4回会合議事録,Dec.20,2002年.


やまもと・やすし


◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

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