デバイス古今東西(57) ―― リーダ不在だからこそ会議の力で会社を変える

山本 靖

tag: 組み込み 半導体

コラム 2014年1月24日

 電機メーカなどが低迷すると,その低迷要因を「リーダが不在であるから」と主張する人が少なからずいます.本当にリーダシップを持った人物が日本の組織から現れるのでしょうか.ここでは,まず,米国とは違った組織の力を発揮する一方,真のリーダ育成の弊害になっている可能性がある日本企業の「組織のタコツボ化」について解説します.そして,リーダ不在の日本の企業においてこそ,会社を変える会議の力,すなわち「本当の会議」の意義について述べます.

 

●リーダシップを待望するだけでよいのか?

 2014年1月3日付けの日本経済新聞 朝刊の社説「飛躍の条件:造る 産業社会をモデルチェンジする」によれば,

「あえて苦言を呈すれば,ここ数年で日本の産業界は『政府依存』の傾向を強めたのではないか.半導体大手のルネサス エレクトロニクスの再生は,政府系ファンドの支援が頼みの綱である.シャープなど家電大手の業績が一息ついているのも,政府支援による太陽電池の特需が一因だ」とありました.そして引き続き,
「組織体質の改革も待ったなしの課題だ.一橋大学の沼上幹教授らの調査によると,大企業が新規事業プロジェクトにかける時間のうち,40%以上が社内の調整や根回しに費やされているという.これでは世界競争の時間軸についていけない.内向きな企業文化にメスを入れる経営トップの強いリーダシップが必要だ」との論説です(1*)

 困難な状況下になると頻繁(ひんぱん)にリーダシップ待望論が出ますが,本当にそういったリーダシップを持った人物が,日本の組織から現れるのでしょうか?

 

●リーダシップは重要だが待望は卒業するべき

 確かに日本でも競争力を上げて収益力を高め,企業価値を向上させているリーダシップを持った経営者はおられます.ソフトバンクの孫社長,ユニクロの柳井社長,楽天の三木谷社長などはその一例でしょう.今では国籍や男女を問わず,真のリーダシップを持った人を社外から招へいする場合もありましょう.会社だけでなく,政治の場面でも,「決められる政治」をスローガンにするリーダが現れたりします.恐らくは,一人で決めることができる強力なリーダが現れるのを待望しているように思われます.またリーダシップ能力に向けた研修や教育は,経営者育成のためにはとても有効なことだと考えられます.

 さて,上記の日本経済新聞の社説の通り,多くの大企業で社内の調整や根回しに時間が浪費され,世界を相手にした時間軸の競争に不利になっていることは理解できます.この解決策としてリーダシップ待望論を持ち出すのは飛躍しすぎるとは言うものの,リーダ不在論はあちこちで指摘されます.

 しかし,A.T. カーニーで幅広い業界に対して経営コンサルティングを行っている杉野 幹人氏は,全く異なる意見を持っています.「一人で決めるリーダが現れるのを待望することは,もう卒業する必要があるということである」との主張です(2*).そもそも大企業に,「将来を見通している」,「組織のすべての価値観について理解している」,「あらゆるアイディアを思いつくことができる」リーダは不在であるからこそ,一人で決めるリーダが現れるのを待望することは,もう卒業する必要があるという主張です.

 

●「組織のタコツボ化」は進化した組織の宿命

 2014年1月時点で,日立,東芝,三菱電機,パナソニック,ソニー,富士通,NECの従業員数は,連結でそれぞれ十万人を超えます.ルネサス,シャープ,沖電気でさえ数万人の規模です.従業員数が多い企業は,部門が多く,組織も細分化されています.「小さな問題」であれば,個別の組織で解決されます.しかし,個別の組織や部門をまたがる「大きな問題」を簡単に解決することは困難です.

 杉野氏は,米国とは違った,日本企業の組織構造の特徴の一つを取り上げ,それを「組織のタコツボ化」と呼んでいます.組織はある目的の実現のために必要な役割を,それらの部門の間で分業します.そして優れた組織はどんどん専門化のため分業していき,細分化されていきます.分業化による専門化は経験効果をもたらすため,分業による専門化が進めば進むほど,優れた組織になります.

 一方,組織の細分化には弱点があります.それは細分化に伴い,部門間のつながりが弱まることです.専門分野に特化すればするほど,他の部門が分からなくなります.分からないので,他の部門に注意を払わなくなります.他の部門が何をやっているのか理解もできなくなります.そして部門間の日々の交流が減ります.こうして部門間のつながりが弱まります.

 「組織のタコツボ化」は,進化している優れた組織が迎える宿命といえます.こういった日本企業の組織構造の特徴が,米国とは違う組織の力を発揮する一方,真のリーダ育成の弊害になっている可能性もあります.

 筆者は米国で,大きな画用紙にできる限り大きな絵を書くことがマーケティングの仕事であると諭されました.俯瞰(ふかん)して作業することです.主観的な印象ですが,米国の企業では一技術者でも「大きな問題」に対する個人の意識が高く,場合によってはそういった問題に対して解決しようとする傾向があるように思います.つまり,「大きな問題」によってきたえられます.筆者はこのことを,日米の個人に存在する大きな問題意識格差の一つだと思っています.

 

●「打ち合わせ」と「本当の会議」の違い

 「組織のタコツボ化」によって,部門をまたぐような「大きな問題」の解決は難しくなっています.杉野氏は,「大きな問題」を解決するためには,リーダ不在の日本の企業であればこそ重要となる「本当の会議」が必要なのだと主張しています.本当の会議とは,会社を変える力を持つ会議のことです.

 「本当の会議」の存在理由は,「多人数で集まって問題の解決策の結論を決めること」であり,その存在理由がなければ何も果たすことができないという意味で,意義があります.「打ち合わせ」を「多人数で集まって問題を議論すること」と定義するならば,「本当の会議」は「打ち合わせ」とは違います.本当の会議は,打ち合わせの一つの分類であり,打ち合わせに含まれる概念です.

 「打ち合わせ」は四つに分類できます(図1).分類は二つの目的軸で構成されています.一つは,「決める/共有する」という行為の軸であり,もう一つは,「結論/選択肢(アイディア)」という行為の対象の軸です.

 

図1 「本当の会議」の位置付け(2*)

 

 

 検討会,連絡会,報告会は,「本当の会議」ではありません.必ずしも,問題の解決策の結論を決めることではないからです.「会議もどき」です.世の中には「本当の会議」とは全く異なる,"会議"と称される打ち合わせがはびこっているのです.

 さらに,会議のダメ出しの典型,すなわち「本当の会議」ではない会議として,「何も決まらない会議」と「決めちゃった会議」があります.「何も決まらない会議」は,多人数集まるだけで問題の解決策の結論を導き出せない会議です.「決めちゃった会議」とは,決めるにはまだ材料が足りないにもかかわらず決めてしまい,何のために決めたのか分からない会議を指します.この会議の特徴は,決めることが自己目的化してしまい,それが何の目的のために決めたのか分からないような結論が出されます.つまり「ある目的のために」を満足せず,会議として機能していないものになります.

 「何も決まらない会議」と「決めちゃった会議」はともに,三つの損失,すなわち,時間損失,機会損失,士気損失(会議に参加したメンバのモチベーション低下の他に,仕事の生産性の落ち込み,周囲への悪影響)をもたらすといいます.

 「本当の会議」が担う役割は,優れた組織になるための組織の細分化が進む中で,部門をまたぐ大きな問題が放置されないように,大きな問題について多人数で集まって解決策を決めることにあります.「『本当の会議』こそが,企業の経営戦略,競争優位を生み出す組織能力,源泉に他ならない」が杉野氏の主張です.日本の大企業で働き,日米の中小ベンチャ企業の組織を現場から見てきた筆者も,その考えに共感します.こういった日本企業の組織においては,「一人のリーダが組織の隅々の人々の価値観などまで理解することは非現実的なのです」.そのために「本当の会議」が必要なのです.

 

参考・引用*文献
(1)日本経済新聞 朝刊 社説「飛躍の条件:造る 産業社会をモデルチェンジする」,2014年1月3日.
(2)杉野 幹人;「会社を変える会議の力」,講談社現代新書,2013年12月.

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任している.専門は,経営管理,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理,ビジネス上の意思決定や交渉,企業倫理などをテーマに研究・執筆活動を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.

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