信号線当たり100Gビット/秒の超高速伝送を実現する技術とは? ―― テクトロニクス/ケースレー イノベーション・フォーラム2013
計測機器の大手ベンダであるテクトロニクスは,2013年7月2日,高速信号伝送技術や雑音対策技術,パワー・デバイス技術,計測技術に関する講演会兼展示会「テクトロニクス/ケースレー イノベーション・フォーラム2013」を東京ステーションコンファレンス(東京都千代田区)にて開催した(写真1).
同フォーラムは46件の技術講演と,小規模な展示会で構成されている(写真2).技術講演の聴講は無料(事前登録が必要)で,エンジニアにとっては非常にありがたいイベントだ.
●急速に向上するPCと通信の伝送速度
技術講演の中では,高速信号伝送技術に関する講演が興味深かった.講演タイトルは「超高速信号伝送技術」(プログラムでは「超高速伝搬技術」となっていたが,講演者の意向で実際の講演タイトルは一部変更されていた).講演者は酒井 敏昭氏(富士通セミコンダクター アドバンストプロダクト事業本部 ハイパフォーマンス商品事業部)である.
酒井氏はまず,パソコン(PC)や通信・ネットワークなどの信号インタフェースが高速化していく様子を概観し,それから信号伝送を高速化していくときの課題を解説した.さらに,課題を解決する対策技術,すなわち,伝送速度を高める技術を説明した.
パソコンの信号インタフェースは近年,急速に向上してきた.西暦2000年ころにはせいぜい1Gビット/秒だったのが,2010年ころには約5Gビット/秒に達した.2015年ころには10Gビット/秒~20Gビット/秒に達しようとしている.
有線通信・ネットワーク向けの信号線の伝送速度はさらに高い.ルータのバックプレーンでは1対の差動信号線に25Gビット/秒の高速信号を伝送している.2015年ころには,最大で56Gビット/秒の高速信号技術が登場するとみられる.
●伝送損失が信号伝送の高速化を阻む
信号の伝送速度を向上させるときの課題は主に,伝送路における信号の損失である.信号の周波数が高くなると,伝送路の損失が増大する.ここで信号の周波数と伝送速度(ビット/秒)は「周波数イコール(ビット/秒)/2」の関係にある.プリント配線基板や通信ケーブルなどの伝送路における損失は信号の周波数に依存しており,周波数が高くなると損失が増大する(写真3).
伝送路の損失増大は,信号振幅を減衰させるとともに,信号波形を歪(ひず)ませる.電気信号の信号波形は論理レベルが「高」のときに電圧が高く,論理レベルが「低」のときに電圧が低い.送信側でこのようなきれいな信号波形を送り出したとしても,伝送路の損失により,受信側では信号波形が乱れる.「高」レベルの電圧が低くなったり,「低」レベルの電圧が高くなったりする.この乱れが悪化すると「高」レベルの電圧よりも,「低」レベルの電圧が高くなってしまう.こうなると,受信側では信号を正しく受信できなくなる(写真4).
また,伝送路における信号の反射も,高速化を妨げる.信号の周波数が増加すると,伝送路における信号の反射も増大する.受信側の信号に反射信号が重なることで,信号波形が乱れる.
●高周波の損失を低減する
伝送路の損失増大という課題を解決する最も単純な対策は,材料の変更である.一般的なプリント配線基板は「FR-4」と呼ばれる材料を使用している.これを高周波で損失の低い材料の基板に変更する.「低損失基板」あるいは「高周波低損失基板」,「高周波対応基板」などと呼ばれるプリント配線基板が市販されている.
酒井氏の講演では,送信側での振幅が800mV(0.8V)の信号をプリント配線基板で伝送したときに,材料によって受信側の振幅がどのくらいまで小さくなるかを具体的に示していた.伝送速度が10Gビット/秒(周波数5GHz)で伝送距離が1mの場合,一般的なプリント基板(FR-4基板)では受信側の振幅が48mVに減少する.これが低損失基板だと,受信側の振幅が96mVに広がる.一般的なプリント基板でも製品に使えそうな条件である.
これが,同じ伝送距離1mでも伝送速度が28Gビット/秒(周波数14GHz)に上がると,一般的なプリント基板では受信側の振幅はわずか0.5mVになってしまう(写真5).実用に供することは不可能と言える.低損失基板の採用は必須であり,低損失基板でも受信側の振幅は8mVとかなり小さい.しかも,低損失基板の採用によって基板のコストは増大し,基板のレイアウト設計は依然として容易ではない.